老犬の嗅ぐ名月の光かな 佐野瑞季【季語=名月(秋)】


老犬の嗅ぐ名月の光かな

佐野瑞季

 2026年の中秋の名月は9月25日だが、満月は27日。名月は必ずしも満月ではないのだそうだ。そうなると掲句についての鑑賞をアップするタイミングが26日になったのを嘆く必要はないだろう。
 中秋の名月すなわち十五夜は旧暦8月15日の夜のこと。新月を1日としてそこから14日後が十五夜になるというのが暦の考え方。ところが新月が満月になるには平均で約14.8日かかるので満月は十五夜に遅れがちになってしまう。
 そもそも新月のスタートも満月になる瞬間も1日単位で区切っていて、0時00分も23時59分でも同じ日付になるのだからズレが発生しても不思議ではない。それにしても十五夜と満月が2日もずれるのはさすがに珍しいことのようである。
 この辺りの説明、わかった部分だけをとりだしたためずいぶん端折っています。全体像を知りたい方は国立天文台のサイトをご参照ください。
 十五夜が暦ルールで満月が天文学上の定義だから、というとふんわりと理解できる。月の軌道が楕円だから、という理屈もわかるが人に説明出来るレベルではない。とにかく今日が名月と満月の間の日ということだけお伝えしておきたい。

老犬の嗅ぐ名月の光かな

 光そのものには匂いがない。しかしこの句にはそんな理屈など不要だ。老犬は何かの匂いを感じ取っている。しきりに鼻をクンクンさせているが何を嗅ぎ取っているのか人間にはわからない。
 ところが俳人の目を見ひらいて観察してみると、どう見ても名月の匂いを感じ取っているようにしか見えないのだ。いや、もしかしたら同じ犬でも老犬となると月光の匂いを感じ取れるのではないか?そのくらい名月の光には力がある。
 犬の描写によって名月の光に質感が与えられた。現実に即していながら不思議な世界に迷い込んだ気にさせてくれる一句。
国立天文台の発表によると十五夜の2日後に満月となったのは前回2017年、次は2043年。逆に十五夜の前に満月が訪れたのはより少なく、1600年から2199年の600年間で1942年と2127年。そして十五夜と満月が同じ日になるのは次回2030年。
 十五夜と満月、ちょっとずれていれば天気の心配が半減する。それに「ズレを楽しむ」とでも言おうものなら人生の達人を気取ることができそうだ。
 2026年の十三夜は、10月23日(金)。こちらもどうぞお忘れなく。

同志社女子大学日本語日本文学科編
『俳句の眼をひらく 「乙女ひととせ」の世界』(2026年刊)所収。

(吉田林檎)


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。


2025.12-2026.1 佐野瑞季さんによる「ハイクノミカタ」もぜひ。とってもお腹が空く連載!


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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