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水鏡してあぢさゐのけふの色 上田五千石【季語=あぢさゐ(夏)】

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水鏡してあぢさゐのけふの色 

上田五千石


紫陽花の花が色づき始めた。

どの花でも咲く前と咲いた後では気づき方が違うけれど、紫陽花の咲き方はとりわけ、その差に驚く。鞠となる花が大きいからか、突如としてそこに現れたような、そんな不思議な思いがするのだ。

紫陽花はまた咲き始めと終り頃では色が変わる。それが「七変化」とも言われる由来で、だんだんと色づくその色彩は水彩画のグラデーションのよう。

「水鏡」とは水に鏡のように物が映ること。

水鏡という毀れやすいもにに、紫陽花の「けふの色」が映っているというところがいい。そう言われることによって、明日はもう違う色を見せているのかもしれないという、命の移ろいを意識させるからだ。

「けふの色」は今日しか見ることのできないもの。

忙しい日々の中で、そんな当たり前のことをつい忘れてしまいそうになる。

この句は、詠みとめられた美しさの中に、「いま、ここ」に心を留めることの大切さを気付かせてくれるのだ。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
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>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



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