ハイクノミカタ

さみだれの電車の軋み君が許へ 矢島渚男【季語=さみだれ(夏)】


さみだれの電車の軋み君が許へ

矢島渚男

天気予報によると、五月の後半は雨がちな日々になるとのこと。梅雨入りともそうでないとも、なんとも曖昧な早めに来ている梅雨前線のせいなのだそうで、少し残念な五月です。

雨は嫌いではないけれど、梅雨の雨は少し苦手。でも、梅雨の雨をあらわす「さみだれ」という言葉は好きです。というわけで、今日は「さみだれ」の一句。

電車に乗って、待ち合わせの場所へと向かう。車窓を流れる雨の景色に目をやりながら、思うことはただ一つ。

「はやく君に逢いたい」

「さみだれ」は「五月雨」。梅雨に降る雨そのもののこと。

カーブにさしかかるたびに軋む電車の音が、逢いたさに逸る気持ちを一層駆り立てる。

「さみだれ」「軋み」が恋の最中の心中をあらわしているようで、胸に響く。恋の初めは誰しもこんな思いをしたことがあるだろう。逢えることが当たり前ではなく、そのひとときのためにすべてがあるように思えるような。

そして「君が許へ」。

この言い方がとても好きだ。相手に対する気持ちがここにも出ているように思える。

短歌と比べて俳句で恋愛を詠むのは難しいというけれど、この句を思うたびにそんなことはけっして無いと私は思う。感情表現を一切入れなくても、「さみだれの電車の軋み」だけで充分思いが伝わってくる。

恋愛においても俳句の寡黙さが寧ろいいということもあるのだ。

日下野由季


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。

【日下野由季のバックナンバー】
>>〔32〕おやすみ
>>〔31〕母の日の義母にかなしきことを告ぐ   林誠司
>>〔30〕鳥帰るいづこの空もさびしからむに   安住敦
>>〔29〕おやすみ
>>〔28〕筍の光放つてむかれけり       渡辺水巴
>>〔27〕桜蘂ふる一生が見えてきて        岡本眸
>>〔26〕さへづりのだんだん吾を容れにけり  石田郷子
>>〔25〕父がまづ走つてみたり風車       矢島渚男
>>〔24〕人はみななにかにはげみ初桜    深見けん二
>>〔23〕妻の遺品ならざるはなし春星も    右城暮石
>>〔22〕軋みつつ花束となるチューリップ  津川絵理子
>>〔21〕来て見ればほゝけちらして猫柳    細見綾子
>>〔20〕氷に上る魚木に登る童かな      鷹羽狩行
>>〔19〕紅梅や凍えたる手のおきどころ    竹久夢二
>>〔18〕叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎
>>〔17〕水仙や古鏡の如く花をかかぐ    松本たかし
>>〔16〕此木戸や錠のさされて冬の月       其角
>>〔15〕松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏 
>>〔14〕いづくともなき合掌や初御空     中村汀女
>>〔13〕数へ日を二人で数へ始めけり     矢野玲奈
>>〔12〕うつくしき羽子板市や買はで過ぐ   高浜虚子
>>〔11〕てつぺんにまたすくひ足す落葉焚   藺草慶子
>>〔10〕大空に伸び傾ける冬木かな      高浜虚子
>>〔9〕あたたかき十一月もすみにけり   中村草田男
>>〔8〕いつの間に昼の月出て冬の空     内藤鳴雪
>>〔7〕逢へば短日人しれず得ししづけさも  野澤節子
>>〔6〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ    川崎展宏
>>〔5〕夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ  千代田葛彦
>>〔4〕団栗の二つであふれ吾子の手は    今瀬剛一
>>〔3〕好きな繪の賣れずにあれば草紅葉   田中裕明
>>〔2〕流星も入れてドロップ缶に蓋      今井 聖
>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美




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