軋みつつ花束となるチューリップ
津川絵理子
今日から三月。
ゆっくりと動き出していた春の息吹も、三月に入ると目に見えて感じるようになってくる。木や草が芽吹きはじめ、菫や蒲公英が地に色づき、春を知らせる沈丁花の香が 、どこからとなく漂ってくる。
部屋の中にも春を呼び込もう、と花舗に立ち寄り、白と黄色のチューリップを数本買った。
チューリップというと思い出すのが、
チューリップ喜びだけを持つてゐる
という細見綾子の句。一点の陰りや憂いもなく、まさに喜びだけを持って咲いているようなその花の姿が詠みとめられている綾子の代表句の一つだ。
以前つとめていた出版社の本にこの句を載せたとき、入力の間違いで、「チューリップ喜びだけを待つてゐる」となってゲラが出てきたことがあった。寸前のところで気が付いたのだが、「待つてゐる」も句として成立するよね、これはこれでまた違った魅力があるね、とみんなであれこれ言っていた編集部でのやりとりを懐かしく思い出す。
「持つ」と「待つ」。たった一字の違い。
でも、「待つてゐる」チューリップは、待つ時間の分だけ、少し寂しいのかもしれない。
チューリップだけの花束を、いつの日か貰ってみたいと思っている。一本、一本、花束となるために寄せられて、触れ合うことで生まれる「軋み」。他の花ではけっして生まれることのないこの音なき音を、胸に抱いてみたい、と思っているのである。
(日下野由季)
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【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』、『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。
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