ハイクノミカタ

来て見ればほゝけちらして猫柳 細見綾子【季語=猫柳(春)】


来て見ればほゝけちらして猫柳

細見綾子


今日、2月22日は猫の日。

といってももちろんこれは日本だけのお話。「にゃんにゃんにゃん」の語呂合わせなのだから、当然と言えば当然。

私も含め、猫派の人はなんとなく浮き足立つ日、とも言える。

そこで今日は猫の句、とも思ったけれど、猫ではなく猫柳になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

早春、春の訪れを告げるように銀白色の花穂を出しはじめる猫柳。

あたたかい日差しに誘われて、近くを散策しに来たのかもしれない。「来てみれば」という措辞が、猫柳がここにあることを知っていたようにも思わせる。

来てみたら、猫柳がほほけちらしていた、という素直な感想が、そのまま一句になっている。「あらまあ、もうこんなにほほけてしまっているわ」という綾子の声が聞こえてきそうだ。

「ほほけちらして」は漢字で書けば「蓬け散らして」ということ。「蓬ける」とは草や髪などがほつれ乱れることを指す。

あの毛並みのよい猫のような銀白色の花穂がしだいに蓬けて、黄味がかったぼんやりした花穂になるものだと思っていたのだが、調べてみたら違っていた。

猫柳は雌雄異株で、銀色の花穂は雄花で、蓬けたように見える花穂は雌花だった。「ほゝけちらして」と見えたのは雌花の花穂だ。

綾子がそれを知っていたかどうかは分からないけれど、この句においては、そのことはあまり重要ではない。

蓬けちらした、あまり美しくもない猫柳の姿をそのまま詠んだところ、がこの句の良さであるのだから。

飾らない表現がむしろ深く心に残ったりするものだ。何ということもない句とも思えるのに、この時期になると、ふっと心に浮んでくる。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
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>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



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