ハイクノミカタ

叱られて目をつぶる猫春隣 久保田万太郎【季語=春隣(冬)】


叱られて目をつぶる猫春隣

久保田万太郎


もうすぐ春がやってくる。

今年は明日が節分、明後日が立春、と一日早い春の訪れ。

この句の季語は「春隣」。

字から見てもわかるように、春がもう隣(というほど近く)に来ているということ。「春」という言葉が入っているけれど、季節はまだ冬。晩冬の季語だ。

同じ頃をあらわす季語に「冬終る」というのがあるが、季語から受ける印象は大きく違う。どちらも厳しい冬が終わることに違いはないが、「春隣」には、春の兆しを実際に身に感じている(または、引き寄せている)明るさがある。

日の光や空の色、肌に触れてゆく風に、春へ移りゆこうとする季節の変化を感じている心の明るさ。

叱られた猫は飼い猫だろう。野良猫では目をつぶる前に逃げていってしまう。

何か悪さをして、ご主人に大声を出されたのだ。反射的にきゅっと目をつぶる猫。その姿が何とも愛らしい。

叱ったご主人も、そんな姿を見ながら、「まったくしょうがないな~」としぶしぶ許してしまうのである。そんな情景を想像させてくれるのも、春隣という季語ならでは。

猫好きにはたまらない一句である。

この猫は、万太郎の猫なのだろうか。

それにしても、万太郎は季語の付け方が本当に上手い。

日下野由季


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 五月雨や掃けば飛びたつ畳の蛾 村上鞆彦【季語=五月雨(夏)】
  2. ごーやーちゃんぷるーときどき人が泣く 池田澄子【季語=ゴーヤー(…
  3. ゆげむりの中の御慶の気軽さよ 阿波野青畝【季語=御慶(新年)】
  4. 天高し鞄に辞書のかたくある 越智友亮【季語=天高し(秋)】
  5. 砂浜の無数の笑窪鳥交る 鍵和田秞子【季語=鳥交る(春)】 
  6. 特定のできぬ遺体や春の泥 高橋咲【季語=春の泥(春)】
  7. 青大将この日男と女かな 鳴戸奈菜【季語=青大将(夏)】
  8. 柊を幸多かれと飾りけり 夏目漱石【季語=クリスマス(冬)】

おすすめ記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【3月26日配信分】
  2. あひみての後を逆さのかいつぶり 柿本多映【季語=鳰(冬)】
  3. 田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目【季語=春の雲(春)】
  4. 枯芦の沈む沈むと喚びをり 柿本多映【季語=枯芦(冬)】
  5. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#4】
  6. 対岸や壁のごとくに虫の闇 抜井諒一【季語=虫(秋)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第51回】大野田井蛙
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第31回】鈴木忍
  9. アルプスの雪渓見えてくる離陸 稲畑汀子【季語=雪渓(夏)】
  10. 【連載】歳時記のトリセツ(15)/茅根知子さん

Pickup記事

  1. 秋めくやあゝした雲の出かゝれば      池内たけし【季語=秋めく(秋)】
  2. 【夏の季語】出梅
  3. 青年鹿を愛せり嵐の斜面にて 金子兜太【季語=鹿(秋)】
  4. 肩へはねて襟巻の端日に長し 原石鼎【季語=襟巻(冬)】
  5. 【第10回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:西生ゆかりさん)
  6. 夏蝶の口くくくくと蜜に震ふ 堀本裕樹【季語=夏蝶(夏)】
  7. 【冬の季語】裸木
  8. はなびらの垂れて静かや花菖蒲 高浜虚子【季語=花菖蒲(夏)】
  9. 【春の季語】朧夜
  10. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第70回】 浅草と久保田万太郎
PAGE TOP