ハイクノミカタ

妻の遺品ならざるはなし春星も 右城暮石【季語=春星(春)】


妻の遺品ならざるはなし春星も

右城暮石


ここのところ、何となく物憂い気持ちで過ごしている。

春の気怠さだろうか、と思っていたのだが、そうではなくて、あの日が近づいているからなのだ、と思った。

三月十一日。

東日本大震災からもうすぐ十年が経つ。あの日以来、三月は深く、失われたものを悼む月になった。

この句は震災の句ではないけれど、人の死、というものを考えていたら、ふと目にとまって、そこから離れられなくなった。

  妻の遺品ならざるはなし春星も

「春星」さえも妻の遺品である、という作者の心が切ないのだが、でも、なぜか、ただ悲しみに暮れているだけではない思いも少し感じて、妻を悼む思いが、あたたかく心に沁みてくるのである。

生前、妻と春の夜空を見上げて、語らったことがあったのだろう。妻を悼みつつ、妻に寄り添っている、そんな作者の姿が目に浮かんできた。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
>>〔22〕軋みつつ花束となるチューリップ  津川絵理子
>>〔21〕来て見ればほゝけちらして猫柳    細見綾子
>>〔20〕氷に上る魚木に登る童かな      鷹羽狩行
>>〔19〕紅梅や凍えたる手のおきどころ    竹久夢二
>>〔18〕叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎
>>〔17〕水仙や古鏡の如く花をかかぐ    松本たかし
>>〔16〕此木戸や錠のさされて冬の月       其角
>>〔15〕松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏 
>>〔14〕いづくともなき合掌や初御空     中村汀女
>>〔13〕数へ日を二人で数へ始めけり     矢野玲奈
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>>〔6〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ    川崎展宏
>>〔5〕夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ  千代田葛彦
>>〔4〕団栗の二つであふれ吾子の手は    今瀬剛一
>>〔3〕好きな繪の賣れずにあれば草紅葉   田中裕明
>>〔2〕流星も入れてドロップ缶に蓋      今井 聖
>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



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