ハイクノミカタ

へたな字で書く瀞芋を農家売る 阿波野青畝【季語=山芋(秋)】


へたな字で書く瀞芋を農家売る

阿波野青畝


「瀞芋」には「とろいも」とルビが振ってある。「とろろいも」、つまり「山芋」のことであろう。

おそらく農家が露地で売っているところに、雑な字で書かれているのだが、その地では「とろいも」という呼び方が一般的であったことは理解できるとして、問題はその農家の人が、どうしてこんな難しい漢字を使って、わざわざ書いたのかだ。

そう思って句集をよく見てみたら、「秩父長瀞。」と前書が付してある。

ああ、なるほど。ながとろ。こんな難しい字が使われている土地があるのだ。

北関東についての知識がぺらぺらでごめんなさい。

長瀞町の観光協会の公式サイトをみても、特段、「山芋」の名産地というわけではなさそうだが、自然豊かなエリアで、水運もよく、ラフティングなども楽しめるようだ。

最近の有名な句で、〈絵も文字も下手な看板海の家  小野あらた〉があるけれど、こちらは「海の家」のプレハブ感があらわれたもの。しかし、こちらの長瀞俳句は、同じように「へたな字」だけれど、その場しのぎで適当なわけでは、もちろんない。

1965年の作だから、字を書いた農家の人は、けっして十分な教育を受けて来たわけではないだろうけれど、しかし「へた」ながらもきちんと、「トロ」などとカナ表記をせずに「瀞」と書いているあたりに、土地に対する愛着が感じられる。

そんな愛のある「へたな字」に注目して一句に仕立て上げるあたり、俳人の土地への挨拶としては、やはり愛がある。

『甲子園』(1972)より。

(堀切克洋)


🍀 🍀 🍀 季語「今日の月」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 月光にいのち死にゆくひとと寝る 橋本多佳子【季語=月光(秋)】
  2. 幻影の春泥に投げ出されし靴 星野立子【季語=春泥(春)】
  3. いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介【季語=いちじく(秋…
  4. さざなみのかがやけるとき鳥の恋 北川美美【季語=鳥の恋(春)】
  5. 鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子【季語=鹿(秋)】
  6. 子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實【季語=子燕(夏)】
  7. 遠き屋根に日のあたる春惜しみけり 久保田万太郎【季語=春惜しむ(…
  8. かくも濃き桜吹雪に覚えなし 飯島晴子【季語=桜吹雪(春)】

おすすめ記事

  1. 【投稿募集中】コンゲツノハイクを読む【4月30日締切】
  2. 【春の季語】鳥曇
  3. 未来より滝を吹き割る風来たる 夏石番矢【季語=滝(夏)】
  4. 夏落葉降るや起ちても座りても 宇多喜代子【季語=夏落葉(夏)】
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第103回】中島三紀
  6. 枇杷の花ふつうの未来だといいな 越智友亮【季語=枇杷の花(冬)】
  7. しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実 後藤比奈夫【季語=真弓の実(秋)】
  8. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年8月分】
  9. 【夏の季語】紫陽花
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第115回】今田宗男

Pickup記事

  1. 松本実穂 第一歌集『黒い光』(角川書店、2020年)
  2. 【夏の季語】夏休(夏休み)
  3. 春雷の一喝父の忌なりけり 太田壽子【季語=春雷(春)】
  4. 【第7回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:篠崎央子さん・飯田冬眞さん)【後編】
  5. 鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司【季語=雪催(冬)】
  6. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2022年11月分】
  7. 馬小屋に馬の表札神無月 宮本郁江【季語=神無月(冬)】
  8. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第23回】木曾と宇佐美魚目
  9. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#10】食事の場面
  10. 【冬の季語】時雨
PAGE TOP