服部崇の「新しい短歌をさがして」

【第22回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。



【第22回】
台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)


3月3日、日本台湾交流協会主催による「台湾短歌大賞」の授賞式が行われた。

概要は交流協会ホームページをご覧ください。

この機会に、講師に三原由起子さんを台北にお招きし、短歌の魅力についてお話いただく講演会を企画した。講演は、私との対談形式となったので、私からもその場で三原さんにいろいろと質問することができた。

私からは、三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)から何首か紹介させていただいた。

土地が人を呼ぶこともありわたしもあなたも選ばれし者  三原由起子

三原さんはこれまで55回も台湾を訪問したことがあると言う。三原さんはまさに台湾に呼ばれた者のひとりであろう。私も台湾に呼ばれた者のひとりとして連なることができるかと思うとうれしくなる。

新幹線のない浜通り高鐵のない東海岸 時はゆるやか  三原由起子

三原さんは台湾の東海岸にある台東がお気に入りだと言う。台湾の高速鉄道は北の台北(南港駅)から南の高雄(左営駅)まで西海岸を通っている。台湾の東海岸は通っていない。ふるさとの福島県浪江町のある浜通りには新幹線は通っていない。どちらも時の流れはゆるやかだと言う。

日本人のわれの知らない日本を台湾人の友より学ぶ  三原由起子

多くの日本人が共感を覚えるのではないだろうか。多くの台湾人の人たちが日本人よりも日本のことをよく知っていることに気づかされる。数首まえには

鎌倉高校駅前近くの踏切に群れる数多の一人となれる  三原由起子

がある。

三原さんは、対談において、私の歌集『ドードー鳥の骨―巴里歌篇-』(ながらみ書房、2017)から

行きつけのカフェの給仕と初めての握手を交はすテロの翌朝  服部崇

を引いて、それぞれが土地において体験することの意義、意味合いのようなことを語ってくれた。服部のこの一首は、2015年11月のパリ同時多発テロの際の体験が基になって作られた一首である。三原さんは、2011年3月の東日本大震災の被災地であるふるさとの浪江町に関する短歌を多く作っている。

「好きな歌を一首あげてください」との私からの質問に対し、三原さんは、俵万智『サラダ記念日』(河出書房新社、1987)から一首を挙げてくれた。私はどうかとはその場では聞かれなかったがその場で聞かれた場合には

春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ  前川佐美雄

を挙げようかと思っていた。 

台湾短歌大賞には278首の作品の応募があった。台湾からも日本を含む台湾以外からも応募があった。私も一首、応募してみた。特に選には入らなかった。

水馬の如くありたし斑猫の如くありたし台湾にゐて  服部崇

そのほか応募があった全作品は上記のホームページに掲載されている。


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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