服部崇の「新しい短歌をさがして」

【連載】新しい短歌をさがして【18】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【18】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


台湾の学生たちによる短歌作品

以前、台湾の新北市にある輔仁大学にて講演を行った旨をお伝えしたが、今回は輔仁大学の日本語文学系の学生たちによる短歌作品を取り上げてみたい。同大学の中村祥子副教授の編集によって学生たちの短歌作品が冊子にまとめられている。『こころの種』(2022年8月)には54名、『こころの種 2』(2021年6月)には50名の作品が収録されている。

輔仁大學日本語文學系110学年度・名著選讀クラス短歌作品集『こころの種』(2022年8月)

雨に濡れたコガネノウゼン靴に付く消すことできぬ午後のゆううつ 蔡依庭

美しい黄色い花を咲かせるコガネノウゼンは台湾各地で見られる。散って道に落ちたコガネノウゼンの花を踏んでしまった。靴に付いた花びらが靴からとれない。ここから消えない、消せない午後の憂鬱な気分につなげている。黄色い花とどんよりとした気分のコントラストがいい。三句切れとして読んだ。二句切れと読むとまた違う解釈ができる。

冬が去る、今春が来る、花が咲く、恋の姿も、現れてくる。 林欣靜

季節は冬から春へと移り変わる。春には花の季節が始まる。それは恋の季節でもあるようだ。この一首では句読点が効果的に使われている。「恋の姿も、現れてくる。」と四句目、五句目の間に少し「ため」がある。「花が咲く」は実景ではなく象徴的に詠っているようでもあるが、実景として読みたい。

雪国の枯れぬ氷花に一目惚れしちゃった立夏の山椒魚 郭芯妤

「氷花」とは樹木や草に水分が氷結して白い花をつけたようになる現象のことを言う。「花」とあるので「枯れぬ」との表現が用いられている。「枯れぬ」の文語調と「しちゃった」の口語調の組み合わせ、三句からと四句へのつながり具合、そして、下句のリズムの揺らぎ(「しちゃった立(6)/夏の山椒魚(8)」、「しちゃった立夏(7)/の山椒魚(7)」、「/しちゃった立夏の(8)/山椒魚(6)」)が興味深い。

会心の服の折り目をじっと見て是非とも母に見せたいものだ。 黃昱源

服の「折り目」に着目したところが優れている。誰が服を畳んだかは明示されていない。誰の母かも明示されていない。服を畳んだのは作中主体=作者と読むのが面白い。自らが畳んだ服の折り目を「じっと見て」いる時間がしばらく続き、その後に、その折り目を(自分の)母に見せたいと思うに至るその時間の経過。

むしすしやはあちゃまちゃまクッキングほっぺた落ちるか目が無くなるか 麥文翰

上句の「むしすしやはあちゃまちゃま」は、意味は不明ではあるが、おいしい料理ができあがるための呪文を唱えているように聞こえる。結句の「目が無くなる」もインパクトがあって、よい納め方だと思った。「むしすし」は「蒸し寿司」のことかとも思ったが、どうであろうか。

春に待つ桜に刺さる咲いて雪熱がくれる血乙女になれる 黃子頎

一首のなかに「待つ」、「刺さる」、「咲いて」、「くれる」、「なれる」と動詞が五つも使われている。「桜」、「刺さる」、「咲いて」のサ音の繰り返しが、いい。「血乙女」が強いインパクトを与える(実際には四句目の終わりの「血」と五句目の初めの「乙女」の二つの単語が続いているだけではあるが)。

ひとりはぐれた世界の隅で孤独を抱いて差し伸べられた手さえ振り払ったんだ今日も歩く 莊子ヤン

口語、自由律。「ひとりはぐれた(7)/世界の隅で(7)/孤独を抱いて(7)/差し伸べられた(7)/手さえ振り払ったんだ(11)/今日も歩く(6)」。孤独な青年が、他の人からの助けを拒み、自らの道を進んでいく。強い意志が感じられる。助けを拒むことが正しいことかどうかはわからないが、助けてあげたいという他の人の思いは認識したうえでの行動である。

※ヤンは「雨」に「延」

堂々と電話する君知ってるよ背中のホクロいびきするのも 吳瑋婷

私は君の背中のほくろの位置を知っている。眠っている時に君がいびきをするのも知っている。私と君との深い関係を示唆するための具体が提示されている。君が堂々と電話する相手は君が新しい関係を結ぼうとする相手だろうか。「知ってるよ」と軽い調子で詠っているが、怖い。

輔仁大學日本語文學系111学年度・名著選讀クラス短歌作品集『こころの種 2』(2023年6月)

ウィスキーは吐物と共に床を這うおとなの世界まだ早いかも 楊育誠

ウィスキーは、おとなの世界。ようやく飲酒が認められる年齢に達したが、試したウィスキーを飲み過ぎてしまった。酔いが回って床に吐いてしまった。「吐物」と共にウィスキーの液体が床を這う様子が一首のなかで気持ち悪さを増幅している。これに対し、下句には若々しい清涼感がある。

木漏れ日に優しい風や揺れる葉や春の匂いや君の背中だ 林佳萱

「優しい風」、「揺れる葉」、「春の匂い」、「君の背中」の四つを「や」でつないで示した。並列に並べた四つの最後に「君の背中」を持ってきたところが、いい。前に置かれた「優しい風」、「揺れる葉」、「春の匂い」は、「君の背中」のためにそこにあるようだ。すてきな相聞歌だと思った。

雨の降る夜に私は傘をさして静かに見える都市を歩いた 盧靖云

雨の夜に傘をさして歩く。雨が降っているときに傘をさすのは当たり前なことである。そうした当たり前のことをすることからも詩的な情景が生まれてくることがある。夜の都市は「静かに見える」が、実際に歩いてみることによって都市が持つ様々な音が聞こえてくるようになるのである。

青い海静かに寄せる波の音優しく歌う私は眠る 邱梓婷

穏やかな海。海岸に寄せる波の音が心地よい。青い海と白い波のコントラストが鮮やかにイメージされる。この一首は初句切れ、四句切れとなっている。さらには三句切れとも言えるだろうか。波の音を四句目で「優しく歌う」と表現した。結句「私は眠る」。四句目までは私は起きていたが、結句になって私は眠ってしまう。

我が腹はいっぱいなのにスイーツを見た後口がよだれを垂らす 賴俞君

「甘いものは別腹」とはよく言われることではあるが、この一首では下句において「口がよだれを垂らす」と客観的な表現となっているところが特徴となっている。初句「我が腹は」と硬めな表現で始めながらも二句目では「いっぱいなのに」と軽めな表現になっているところも面白い。台湾にはおいしいスイーツがたくさんあるので、太らないようにするのが難しい。

春休みただ懐かしい太陽の光を浴びて家族に会える 王姿茜

故郷を離れて大学に通っている。春休みには実家に戻って家族と再会できるとの期待感を一首にしている。実家は太陽の光が降り注ぐ地にあるようだ。台湾の北部の冬は雨が多い。南部は晴れが多い。このことから作者は南部の出身であろうことがうかがえる。「懐かしい」は「太陽の光」に掛かっていると同時に、「家族」にも掛かっている。懐かしい家族に会える。

映画館一人でいると幸せは静かにしてて病みつきになる 黃 晴

映画館で一人で映画を鑑賞する愉しみを一首にした。三句目から四句目、そして、結句への歌の展開が面白い。初句から二句までで映画館に一人でいることを示し、三句目に「幸せは」と詠んだところで、四句目では「静かにしてて」と映画館の周りの人たちに気がなり歌の流れが切れている。そして、結句では「病みつきになる」とさらにひねりが加えられている。

家の猫布団の奥からいそいそと足音近く迎えに来ている 劉定謙

作者は猫を飼っている。布団の奥にいた猫が作者が家に帰ってくる足音を聞いて扉の近くまで作者を迎えにくる。猫の耳の良さがわかる。作者は猫の動きをどうやって知ることができるのかが疑問であった。どうやらカメラを設置して家に残した猫の様子がわかるようにしているようだ。

ここに取り上げた短歌以外にも心惹かれる作品が多く見られた。台湾の学生たちには大学を卒業してからも短歌を作ることを続けていってほしいものである。


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】

【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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