神保町に銀漢亭があったころ【第8回】鈴木てる緒

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銀漢亭

鈴木てる緒(「銀漢」同人)

銀漢亭がオープンしたのは平成15年5月、当時の日記を見るとプレオープン・グランドオープン共に大盛況であったとある。華やかなオープンだったが、その後客足が伸びず早い時間には店先でのビラ配りの日々があり、また立ち飲み屋で一杯ずつの精算という面白い料金システムも功を奏したのか、近所のサラリーマンなどが来て下さるようになった。

私は3か月のみの手伝いという約束で週4日ホールを担当したが、それ以降も週に一度はという事になり火曜日を手伝った。

当初店のお客は近所のサラリーマン・伊那男先生の知合い・俳句仲間(結社「春耕」)などが主で、俳句の話が出る事はあまりなく、普通の立ち飲み屋だった。週1回のみの手伝いとなったので全容は分からないが、その内「伊藤伊那男の店」という事が徐々に広まっていったのだろう、他結社の俳人達も来て下さるようになり、会話も俳句の事が多くなるようになった。

2年立った頃には、店内でも句会が開かれるようになり、その真剣な空気に足の遠退くお客あり、又その逆で初めてのお客や俳句仲間の友人などは勧誘されて、蟻地獄に吸い込まれるように俳句を始めた人も多い。その結果、店は俳句を趣味とする人達の割合が高くなっていった。

平成22年8月、伊那男先生は「銀漢俳句会」を立ち上げ、主宰と居酒屋店主の二足の草鞋を履くことに。俳句会を支える句会の句会場は店の近くが多かったので、句会の後の懇親会は店でとのコースとなり、懇親会では皆で熱く俳句を語り合うようになり、句会の数が増えるごとに店での懇親会も増えていった。

私事になるが、平成25年、連れ合いの鈴木が癌の告知を受け、10年間手伝ってきた店を辞めることになった。手伝いを辞めて暫くは寂しい気持ちを引き摺っていた。そしてその頃には店は俳人、俳句仲間には欠かすことの出来ない居酒屋となっていた。違う結社同士の付き合いは中々難しいようだが、その垣根を低くした店の貢献は大きいように思う。

平成31年1月、伊那男先生が俳人協会賞を獲られてから「銀漢亭」はますます俳句界に欠かせない店となり、結社を超えた俳人達の心の拠り所・オアシス・母港となっていったようだ……。突然の閉店に動転したけれど、手伝いも含めての17年間、銀漢亭という居酒屋に感謝である。

(カウンターでシャンパンをそそぐ伊藤伊那男氏と鈴木てる緒さん)

【執筆者プロフィール】
鈴木てる緒(すずき・てるお)
平成23年「銀漢」創刊同人。平成15年より25年まで、銀漢亭のスタッフを務める。


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