服部崇の「新しい短歌をさがして」

【連載】新しい短歌をさがして【15】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【15】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


台湾の歳時記

黄霊芝『台湾俳句歳時記』(言叢社, 2003)を手にした。本稿執筆時より20年前に出版された台湾の歳時記である。

著者の黄霊芝(1928年~2016年)は、日本統治下の日本語教育を受けた世代であり、戦後は公での日本語の使用が禁じられる中で日本語の創作を続けた一人である。1970年に台北俳句会を設立し、台湾における日本語による俳句の活動を主導した。

『台湾俳句歳時記』は、まず「凡例」からして興味深い。

分類法としては、〈人事〉と〈自然〉の二類に分け、それをそれぞれ「暖かい頃」「暑い頃」「涼しい頃」「寒い頃」に分け、〈人事〉には「年末年始」を加えた。

漢字にはルビを付す。台湾語(閩南語)には片カナを用い、日本語には平ガナを用いた。また客家語には(客)、中国語には(中)、漢語には(漢)と付記した。なお日本語の季語をカナで表記する場合は旧カナづかいとした。

台湾語を日本のカナ表記にしても、そしてそれを読んでも、決して台湾語にはならない実情から、ここでのカナ表記は大よその発音に止どまる。殊に台湾語には読み言葉と話し言葉の両方が共存し、且つ地方による発音のずれも大きく、定論は困難である。それを前提としてのカナ表記のみ。

取り扱われている季語とそれを用いた俳句をいくつか見てみたい。

まずは〈人事〉から。「暖かい頃」。

媽祖祭(まそまつり) 媽祖生(マーツオセェー)・迎媽祖(ギアマーツオ)

 媽祖春祭土着代々加護あれば 王酔生

 郷関を出でて帰らず媽祖祭る 王冬青

つぎに〈人事〉「暑い頃」から。

釣蝦池(ティオヘエティー) 釣蝦場(ティオヘエティオー)・蝦釣屋(えびづりや)

 ししむらに木偶の入墨蝦を釣る 江凌雪

 蝦釣の常連魚籠を覗き合ふ   楊素霞

義民節(ぎみんせつ) 義民節(ニイミンツェッ(客))

 牲豚に財を傾け義民節   范姜梢

 新調の服を下ろせる義民節 鄧瑞貞

〈人事〉「涼しい頃」。

栗子鶏(ラッチイケエ) 台湾語の鶏(ケエ)は家(ケエ)、加(ケエ)と同音のため、家を興す吉祥の語として好まれた。

 栗子鶏うなり出したる電気釜 李錦上 

 長孫にとろ火とろ煮の栗子鶏 黄霊芝

〈人事〉「寒い頃」。

臭豆腐(ツオトウフ(中)) 臭豆腐(ツァウタウフウ)

 老板(ラウパン)の故国のはなし臭豆腐 許秀梧

 臭豆腐奢って別るる勝賭博 黄霊芝

つぎに〈自然〉「天文地象」。

基隆雨(ケエランホオ) 鶏籠雨(ケエランホオ)・基隆雨(キールンう)・雨港(うこう)

 くすぶらす淡き想ひや基隆雨 陳錫恭

 出獄の佳日の今日も基隆雨  許耕華

つぎは〈自然〉「植物」から。

蓮霧(レンブウ) レンブ・菩提果(ぼだいか)

 デッサンの蓮霧はしばしそのままに 陳錫恭

 菩提果の天に届ける風水地     黄霊芝

最後に〈自然〉「動物」から。

石斑(チオパン) 格魚(ケエヒイ)・石斑魚(スウパンイイ(中))・はた

 石斑を丹念に蒸し客待たす 高阿香

 石斑の大を泳がせ開店す  黄霊芝

台湾に生活しているとこれらの台湾の季語が身に染みる。他方、人事は時を経て移り変わるところもあるようだ。台湾の自然も気候変動の影響か移り変わるところがあるかもしれない。

黄霊芝は、2004年、第3回正岡子規国際俳句賞を受賞。2006年には旭日小綬章を受章した。


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】

【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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