服部崇の「新しい短歌をさがして」

【第25回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。



【第25回】
古典和歌の繁体字・中国語訳


台湾における初の繁体字・中国語訳の精選集と銘打った『萬葉集』(訳:陳黎、張芬齡)が2023年3月に黑體から出版された。サブタイトルには「日本國民心靈的不朽和歌」と書かれている。369首が選ばれている。一首ごとに、中国語訳の繁体字表記、日本語の元歌の漢字かな交じりの表記、日本語の元歌の読みのローマ字表記、訳者による解説が載せられている。

選や構成は陳黎、張芬齡の両人が主導して行ったものと推察されるが、全体を四つの時代に区分している。それぞれの区分に応じ、選ばれた歌の数は次のとおりとなっている。それぞれの区分の冒頭と最後の一首を引く。長歌については途中までの引用としている。

近江京時代前&近江京時代歌作(?-673)  26首

君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ       磐姫皇后(巻二:85)
うつせみし神に堪へねば離居て朝嘆く君放り居て・・・     婦人(巻二:150)

飛鳥京時代&藤原京時代歌作(673-710)  104首

み吉野の耳我の嶺に時なくそ雪は降りける・・・        天武天皇(巻一:25)
天の原振り放け見れば白真弓張りて懸けたり夜道はよけむ    間人大浦(巻三:289)

奈良時代歌作(710-759)            159首

あしひきの山行きしかば山人の我に得しめし山苞ぞこれ     元正天皇(巻二十:4293)
佐世保の川の水をせき上げて植ゑし田を(尼作)/刈る早稲飯は独りなるべし(家持作)              尼&大伴家持(巻八:1635)

無名氏歌作(多屬年代不明)                 80首

大海に島もあらなくに海原のたゆたふ波に立てる白雲           (巻七;1089)
沖つ波辺波な超しそ君が船漕ぎ帰り来て津に泊つるまで   (巻十九:4246)

短歌の場合、繁体字・中国語訳は五行または六行の表記となっている。「無名氏歌作」のなかに選ばれている次の一首について見てみることとしたい。

我がゆゑに思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ   (巻十五:3586)

については、

   莫為相思
   瘦――
   秋風
   起之月,
   我倆重逢時 

と訳されている。中国語訳の場合は日本語の元歌よりも簡潔に表記できる可能性が示唆されている。

同社からは、同じく陳黎、張芬齡の繁体字・中国語訳による『古今和歌集』も2023年7月に出版されている。こちらは「四季與愛戀交織的唯美和歌」300首が選ばれている。部立ては、春歌、夏歌、秋歌、冬歌、戀歌、雜歌等の六つに分けている。

『萬葉集』、『古今和歌集』の繁体字・中国語訳の精選集の出版に台湾における日本の古典和歌の受容として興味をひかれた。


石原美智子歌集『心のボタン』

許せぬが許すにかはる変換キー心のボタンを少しずらして

石原美智子さんに会うと、温かな笑顔にこちらの気持ちまで優しく温かくなる。

私だけでなく他の人もそうである。だから友だちもファンも多い。だが、石原さんが穏やかな表面と別の渾沌とした鋭い内面を当然ながら秘めていることをこの歌集は教えてくれる。「心のボタン」をいつも調節して生きている「心の苦労人」なのだとあらためて思う。彼女が苦楽を味わいながら過ごしてきた長い時間、家族とともに過ごしてきた濃密な時間に想いを致す一冊である。

伊藤一彦 帯文


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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