【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2026年5月分】


【読者参加型】
コンゲツノハイクを読む
【2026年5月分】


月末の恒例行事!「コンゲツノハイク」から推しの1句を選んで200字評を投稿できる読者参加型コーナーです。みなさんに未来の名句を探していただいています。今月は、8名の皆様にご参加いただきました。


長き廊下を卒業式のピアノ押す
野月朱美
「雪華」
2026年5月号より

卒業式の準備のために音楽室からピアノを転がし押して講堂まで運んでいるのだろうか。「長き廊下」をまず置いたことで、時間と空間の伸びが生まれ、単に学校の廊下ではなく「卒業までの歳月」そのもののようにも見えてくる。下五の「ピアノ押す」。卒業式の準備の現場感がありつつ、重いものを皆で運ぶ身体感覚が、そのまま人生を次へ動かす感慨と重なる。拍手でも涙でも賛辞でもなく、裏方の動作を描くことで、卒業の静かな実感が表れている。
押見げばげば


老いてなほ夜遊びやめず半仙戯
茂木涼子
「秋麗」
2026年4月号より

『広辞苑;第六版』では、「半仙戯」は、なかば仙人になるような気分がすることからいう。ぶらんこのの異名とある。夜遊び、ナイトクラブやバー、キャバクラなど若い頃は飲み歩いたが、年をとると繁華街などには行かなくなる。近場の公園のぶらんこに腰掛ける。映画、「生きる」の志村喬を思い浮かべた。
野島正則/「青垣」「平」「noi」)


人の世に戻らぬつもり猫の恋
辻桂湖
「円虹」
377号より

つい最近読んだ死を前にした人が猫になるSF作品を思い浮かべた。亡くなって輪廻転生するなら亡くなる前に転生するのもありかもしれない。ヨルゴス・ランティモスの『ロブスター』のように狩りの餌食になるのは御免だが。この句で猫になった人は人の世に戻らぬと決意している。それだけ情熱的な恋に身を焦がしているのか。近松の心中物さえも想像される。春は転身の季節だけれど人生を変えるこういう転身を一生に一度してみたい。
貴田雄介/「台北俳句会」)


柱時計の奥底にある蜜柑山
小野裕三
「海原」
2026年4月号より

季語の密柑山は、目の前にはなく時計の中。リアルではない分季語として弱いようにも。
ただ柱時計には厚みがあり振り子があり、その中に広がる景色は、この時を刻む箱がわかりやすい装置となって、時を越え記憶の中へ。
密柑のなる暖かい土地の小春、日溜りとして、記憶の奥底に秘められた、けれど確かに静かに存在する宝物、それがこの密柑山なのだというように。
加えてその美しさもさりながら、寒い冬だからこそこの日溜りがぬくもりとして暖かく、リアルとなる。そのからくり自体にも面白さがあるのではと楽しく、選ばせていただきました。
haruwo/「麒麟」)


葉桜の命が匂うので困る
北川拓治
「台北俳句会」
2026年4月号より

桜の散るのを「同期の桜」のように命が終わることに例えられることがよくある。
この句は「葉桜の命」ではなく、「葉桜の」で軽く切れていると思う。花びらが散って葉桜になりさくらんぼが成ってきているのであろう。新しい命が成るにつけ亡くなっていった命を思い出し、匂うので困るのである。
慢鱚/「俳句大学」)


物陰に脱ぎ耕しに戻りけり
辻本鷹之
「銀化」
2026年5月号より

季語は「耕し」で春。農作業の途中で、じわじわとした春の日差しに、着ているものを一枚脱ぎたくなった。畑の真ん中で脱ぐことは躊躇われて、近くの小屋の影まで行って、さっと一枚を脱ぐ。そしてすぐ耕しの作業に戻る。農作業をしているときにも感じてしまう人の目に、日本の田舎らしさというのか、リアリティーがある。「物陰」という陰気な言葉が、この句にぴったりだ。そして「けり」の切字に、耕しの力強さを感じる。
千野千佳/「蒼海」)


アカシアの花待ち人の柔らかさ
小田桐妙女
「俳句短歌誌We」
第21号より

ニセアカシア/針槐のことだろう。「アカシアの花」はいっせいにふさふさと咲く。一房一房が柔らかく揺蕩い、辺り一面に濃く甘い香りを漂わせる。「アカシアの花」のそんな様子が「柔らかさ」と重なる。「待ち人の柔らかさ」の表記は曖昧かもしれないが、読者なりに言葉の印象を感じとればよいと思う。私としては、誰かを待つときの柔らかな気持ちであり、誰かに会いたいと思っているときの空気や時間、人を待つときの世界の「柔らかさ」を感じる。この「柔らかさ」にリアルな質感を感じるのは、冒頭の「アカシアの花」の強烈な印象があるからだと思う。なるほど、「情の誠」=〈詩的表現に内在する真実性(リアリティ)〉は「物の微」=〈対象の持っている事実性(アクチュアリティ)〉にもとづく(栗山理一『俳諧史』)。
小松敦/「海原」)


演奏会春着の君のよく眠る
斎藤ときは
「いには」
2026年5月号より

正月のお祝いの演奏会だろうか。まだ小さな、春着のわが子と一緒に聴きにきたと読んだ。演奏に耳を傾けながらふと隣を見ると、わが子はすやすやと眠っている。演奏会中にぐずって泣いたりしないだろうかと気になっていたが、そんな親の心配をよそに、気持ちよさそうに眠っているのだ。親の気苦労なんておかまいなしに眠る子をみて、ほっとしながらも、せっかく演奏会に来たのに寝てしまうなんて、という気持ちもあるのかもしれない。春着が、子の愛らしさを際立てている。「君」という呼びかけ方が良い。堂々と眠る子にあきれながらも感心しているのではないだろうか。ひとりの人間のおおらかさに感動し、冷静に賞賛している気持ちが「君」にあらわれている。
弦石マキ/「蒼海」)



【次回の投稿のご案内】
◆応募締切=2026年6月5日
*対象は原則として2026年5月中に発刊された俳句結社誌・同人誌です。刊行日が締切直後の場合は、ご相談ください
◆配信予定=2026年6月10日ごろ
◆投稿先 以下のフォームからご投稿ください。
https://ws.formzu.net/dist/S21988499/

関連記事