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ぼんやりと夏至を過せり脹脛 佐藤鬼房【季語=夏至(夏)】


ぼんやりと夏至を過せり脹脛(ふくらはぎ)

佐藤鬼房


〈夏至〉を目前に控えた先週、アメリカでは、最新の連邦政府の祝日となる、ジューンティーンス・ナショナル・インディペンデンス・デー(Juneteenth National Independence Day)、日本名「奴隷解放記念日」が制定された。通称である、「ジューンティーンス」(Juneteenth)は、「6月」(June)と「19日」(nineteenth)を合成した呼称。南北戦争終結直後の1865年6月19日に、テキサス州において、奴隷制禁止の命令書が読み上げられたことを記念する日であり、「自由の日」(Freedom Day)「歓喜の日」(Jubilee Day)「解放の日」(Liberation Day)としても知られ、今までも多くの州において祝われてきた。これで国の祝日は年に合計で11日に。次の祝日、「独立記念日」(Independence Day)、別名「7月4日」(Fourth of July)も、もうすぐだ。

さて、今年の〈夏至〉は6月21日(アメリカでは20日)。1年のうちで昼の時間が最も長い日だ。また「二十四節気」の10番目の節気でもあり、7月7日頃まで続く。

夏至の頃の空が繁る感じ。いつまでも明るい夜。郷里、信州の山々も、ニューヨークのビル群もそれぞれに夏至の不思議をまとって見飽きない。

さて、掲句。特に予定もなく、暑いので動き回ることもない1日だったのだろう。「ぼんやりと夏至を過ごした」ということはありそうだ。が、しかし、その主体として下五に置かれた〈脹脛(ふくらはぎ)〉が、一句を唯一のものにした。

おそらく横たわっているのだろう。夏至の頃の暑さと湿気の皮膚感も彷彿させ、とぷんと放り投げ出された〈脹脛(ふくらはぎ)〉は夏至特有の甘い気怠さそのものだ。この肉体感はアイルランド出身でイギリスの画家、フランシス・ベーコンを思わせる。

そして「冴えかへるもののひとつに夜の鼻 加藤楸邨」にも見た、肉体の部位で感受する季節感がすこぶる魅力的だ。身体の感受性の冴えがここにも光る。

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔37〕こすれあく蓋もガラスの梅雨曇    上田信治
>>〔36〕吊皮のしづかな拳梅雨に入る     村上鞆彦
>>〔35〕遠くより風来て夏の海となる     飯田龍太
>>〔34〕指入れてそろりと海の霧を巻く    野崎憲子
>>〔33〕わが影を泉へおとし掬ひけり     木本隆行
>>〔32〕ゆく船に乗る金魚鉢その金魚     島田牙城
>>〔31〕武具飾る海をへだてて離れ住み    加藤耕子
>>〔30〕追ふ蝶と追はれる蝶と入れ替はる   岡田由季
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



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