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遠くより風来て夏の海となる 飯田龍太【季語=夏の海(夏)】


遠くより風来て夏の海となる

飯田龍太

アメリカの5月31日はメモリアル・デー(Memorial Day)という祝日だった。毎年5月の最終月曜日に定められている。日本語では「戦没将兵追悼記念日」。

かつてこの日は、アメリカの内戦である南北戦争の戦没者を追悼するための日であったが、第一次世界大戦以降、あらゆる戦争、軍事行動で亡くなった全てのアメリカ軍兵士を追悼する日となった。デコレーション・デー(Decoration Day)、日本語にすると「飾りの日」とも呼ばれていたこの日、人々は墓地を訪れ墓を花で美しく飾る。全米各地では追悼のイベントが行われる。

ニューヨークでの定番のイベントは、メモリアル・デーまでの一週間行われるフリート・ウィーク(Fleet Week)。Fleetとは艦隊という意味。去年に引き続き今年もバーチャルで行われたが、例年なら海軍、アメリカ沿岸警備隊、海兵隊の船が集まり圧巻で、街には多くの制服姿の水兵の姿が見られるところ。

また、これも恒例の、アメリカ海軍の飛行チーム、ブルーエンジェルスの飛行ショーは、去年はバーチャルであったが今年は実際に行われた。

そして、何といっても、メモリアルデーは、アメリカにとっては夏の始まりを告げる祝日なのだ。週末を含め三連休となり、人々は家族や友人と集い旅行に出かけたりピクニックをしたりと、このメモリアル・デー・ウィークエンド(Memorial Day Weekend)を楽しむ。

筆者夫婦はといえば、土日連日の雨ののち、晴天となった祝日当日、散歩を兼ねて食事に出かけた。レストランに入るのは、実に1年と3ヶ月ぶり。店は大にぎわいで、ニューヨークの経済再開を実感。

さて、夏といえば海。アメリカでは、このメモリアル・デー・ウィークエンドからビーチが開く。

遠くより風来て夏の海となる

感覚の効いた〈遠くより風来て〉が、人間の心が知る、他の季節でなく〈夏の海〉ならではの開放感や広さを掴んでいる。特定の海に限定せず、この風景を見ている動作の(ぬし)を限定せず、多くの読者にとって大きく開かれている、普遍としての〈夏の海〉。ふと、作者が生まれも育ちも山国であることに思い至った。日頃と違う環境に入ると、その違いに敏感に気づき、その気づきが、その環境の本質であったりするものだ。掲句にある、海の「風感覚(かぜかんかく)」は、作者が山に親しかったからこそ、海を目前にしたときに、違いとして感じ得たものではなかったか、と。

この冴えた感覚により、〈夏の海〉の源を呼び込んだ掲句は、まるで、海そのものが、みずからを詠んでいるかのような佇まいで、広々と、ここに在る。

「遅速」(立風書房 1991年)

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔34〕指入れてそろりと海の霧を巻く    野崎憲子
>>〔33〕わが影を泉へおとし掬ひけり     木本隆行
>>〔32〕ゆく船に乗る金魚鉢その金魚     島田牙城
>>〔31〕武具飾る海をへだてて離れ住み    加藤耕子
>>〔30〕追ふ蝶と追はれる蝶と入れ替はる   岡田由季
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



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