ハイクノミカタ

南天のはやくもつけし実のあまた 中川宋淵【季語=南天の実(冬)】


南天のはやくもつけしのあまた

中川宋淵

先日なにげなく「草木花歳時記冬」をめくっていて目に止まったのが掲句。

上五と下五〈南天の〉〈実のあまた〉の明快な表現は、南天の赤い実がたわわに成る姿を鮮やかに見せるのに貢献し、中七の〈はやくもつけし〉は、この発見を喜ぶ心情を絶妙にその姿に溶け込ませて一句を淀みなく完結させている。これを無技巧の技巧というのだろう、衒いない中七には、毎年変わらぬ大きな季節の巡りの中にその年だけにある小さな変化、いうなれば一植物の中にある不易流行を捉える感性の鋭さが光る。更なる実りの予感が香る芳醇な読後感もいい。

作者は中川宋淵(そうえん)(1907-1984)。蛇笏門の俳人であり臨済宗の禅僧である。禅の教えにならえば、全てのことは起こるべくして起こっているという。この名を見たとき、ハイクノミカタで生まれた俳縁を、読者の皆さんにご紹介する機会をいただいたのだと直感。

始まりは、11月5日に橋本直氏が鑑賞された中川宋淵の俳句。それを読まれた、筆者と同じくニューヨークに住む俳句仲間、原ヤス子さんがメールをくださった。

中川宋淵は「私の禅の師である嶋野栄道老師のお師匠さんです。」

故・嶋野老師が生前よく話されていたその師、中川宋淵老師の俳句作品との、思いがけない出会いにとても感激され、橋本直氏に感謝の気持ちを伝えてほしいと。さっそく我らが管理人、堀切克洋氏に連絡し、橋本氏にお伝えいただく。皆でこのご縁を喜ぶ中、堀切氏のご厚意により、氏の所属する結社「銀漢」(伊藤伊那男主宰)にて一年間連載された、中川宋淵についての朽木直(くちきちょく)さんによる随筆『俳禅一如』を拝読する機会を得た。緻密な取材と、明晰な筆致により、中川宋淵の人と作品の魅力を伝える力作だ。さっそく原さんにもお渡しすると感激の念を深くされていた。

その『俳禅一如』からニューヨークに関する箇所を引く。

「一九七四年一月、米国ニューヨーク州のキャッツキル山地に、国際大菩薩禅堂金剛寺の上棟式が行われた。寺の命名は宋淵である。約四十年前に抱いた大菩薩禅堂建立という大願を異国の地で果たしたのだ。」「宋淵の指示で、一九六〇年に米国に渡ったのが弟子の嶋野栄道である。六五年からは、ニューヨークを拠点に布教活動を行う。宋淵も十二度に渡って渡米し、接心で英語の提唱などをして布教に勤めた。宋淵の英語は洒脱なジョークを交えてなかなかの味わいがある。」(『俳禅一如』11−アメリカ−より)

それ以来、その「国際大菩薩禅堂金剛寺」と共に、一九六八年九月に開かれた、マンハッタンの「ニューヨーク禅堂」は弟子達の手によって受け継がれ今に至っている。

生前、宋淵は「『俳句と禅、禅と俳句は別じゃないのです』と俳禅一如の心境を吐露」したという。(「」内は『俳禅一如』12−夢−より)

宋淵の「俳禅一如」の魂が、宋淵が心を尽くし布教したニューヨークの地に、俳句を愛し禅を愛する原ヤス子さんの中に、実は今も息づいていたことを、禅寺上棟式から四十六年後の今年、知ることになったのだ。

この素敵な発見を可能にしたのは、橋本直(はしもとすなお)氏の鑑賞、それを読んでご連絡くださった原ヤス子さん、朽木直(くちきちょく)さんの随筆。そして元よりそれは、俳句を愛する、世界中の読者に開かれているハイクノミカタという広場のおかげなのだ。ハイクノミカタの可能性は大きい。

南天のはやくもつけし実のあまた

パリの灯りのもと産声を上げた、堀切克洋氏のセクト・ポクリットは、十月の本格始動から二ヶ月余を経た今、ハイクノミカタやその他の充実の企画によって、すでにたくさんの思いがけない驚きと喜びを実らせているようだ。その紛れもない一つに立ち会えたことは大きな喜びだ。

俳縁の実はこれからも豊かさを増してゆくだろう。そう、宋淵の南天の実のように。

*敬称は、セクポリスタッフには「氏」、ゲストには「さん」とした。

月野ぽぽな


【お知らせ――いよいよ今週末です!】
月野ぽぽなさんの夫でありピアニストの木川貴幸Taka Kigawaさんのピアノリサイタルが、在ニューヨーク日本国総領事館主催で開催されます! リンク先(Facebook)からライブストリームを「無料」で視聴できますので、ぜひご覧ください。

【日時】12月19日(土)午前7時(日本時間)開演
 (日本時間ではの時間帯になりますので、ご注意ください!
  下記のフライヤーの日時は、ニューヨーク時間になります

【プログラム】
  ドビュッシー:版画
  ショパン:プレリュード 嬰ハ短調 作品45
  ショパン:バラード第1番ト短調 作品23
  ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調 作品53(英雄)
  武満徹:雨の樹素描 II
  ベートーベン:ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2「幻想曲風ソナタ』(月光)

【会場】こちら(↓)の画像をクリックすると、Facebookの「会場」にリンクします! みなさまのお越しをお待ちしております!


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 切腹をしたことがない腹を撫で 土橋螢
  2. 雪解川暮らしの裏を流れけり 太田土男【季語=雪解川(春)】
  3. いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝【季語=水田(夏)】…
  4. 夕焼けに入っておいであたまから 妹尾凛
  5. 春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子【季語=春雪(春)】
  6. 魚は氷に上るや恋の扉開く 青柳飛【季語=魚氷に上る(春)】
  7. 風へおんがくがことばがそして葬 夏木久
  8. 血を分けし者の寝息と梟と 遠藤由樹子【季語=梟(冬)】 

おすすめ記事

  1. 流氷や宗谷の門波荒れやまず 山口誓子【季語=流氷(春)】
  2. 団栗の二つであふれ吾子の手は 今瀬剛一【季語=団栗(秋)】
  3. 敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟【季語=敬老の日(秋)】
  4. 麦秋や光なき海平らけく 上村占魚【季語=麦秋(夏)】
  5. 片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音【季語=片蔭(夏)】
  6. にんじんサラダわたし奥様ぢやないぞ 小川楓子【季語=にんじん(冬)】
  7. 後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ【秋の季語=萩(冬)】
  8. 【新年の季語】繭玉
  9. 潜り際毬と見えたり鳰 中田剛【季語=鳰(冬)】 
  10. 【冬の季語】冬

Pickup記事

  1. 水仙や古鏡の如く花をかかぐ 松本たかし【季語=水仙(冬)】
  2. 【秋の季語】椎茸
  3. 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【冬の季語=冬(冬)】
  4. 雪の速さで降りてゆくエレベーター 正木ゆう子【季語=雪(冬)】
  5. 春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子【季語=春雷(春)】
  6. 【秋の季語】山椒の実
  7. 【特別寄稿】「写生」──《メドゥーサ》の「驚き」 岡田一実
  8. 立ち枯れてあれはひまはりの魂魄 照屋眞理子
  9. 皮むけばバナナしりりと音すなり 犬星星人【季語=バナナ(夏)】
  10. 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(3)
PAGE TOP