スタートライン最後に引いて運動会
塩見恵介
2001年9月11日に発生した、アメリカ同時多発テロ事件から今日で23年である。その年に生まれた方の多くは、社会人として活躍。重ねてきた月日に改めて思いをいたし、このようなことが二度と起きないよう、世界の平和を念願する。
平穏無事な暮らしを大切に、その一つひとつを丁寧に見つめることで生まれる詩情もある。掲出の句は、運動会の準備の景であろうか。グラウンドに白線を引く先生の姿を想像する。スタートラインの位置は、トラックの走路ごとに異なり、それぞれに正確に引く必要があるであろう。しずかに立ち去る先生の姿に、運動会の賑わいを覚えることのできる一句。
塩見恵介さんは、1971年生まれ。中学校から大学院(文学修士)までを甲南学園に学ぶ。卒業後は、国語科教諭として甲南高校・中学に奉職。19歳で「船団の会」(代表 坪内稔典)に入会。第2回「船団賞」受賞、副代表などを経て、2020年に俳句グループ「まるたけ」発足。関西現代俳句協会理事、同志社女子大学講師、京都芸術大学講師なども務める。
掲出の句は、第3句集『隣の駅が見える駅』(朔出版、2021)より引いた。ほかに<燕来る隣の駅が見える駅>、<バナナ売り今日はアンテナ売っている>、<大の字になって素足に風を聴く>、<爽やかや象にまたがる股関節>、<ノーサイドきみは凩だったのか>などの句も収録。あとがきには「私にとって俳句は、森羅万象に対する共鳴・共感を探る場である」と述懐されている。
「まるたけ」句会は、日曜日(毎月)に京都で開催。大学生から80代までのメンバーが集い、その3割近くが30代以下という。現在、新メンバーが歓迎されていて、作者はこのほど「まるたけ」創刊号を発行。句会の有志より、俳句はもちろん、エッセイや評論、俳句大会のレポートが寄せられている。
水馬あんたどこの子またあとで(平田和代)
秋行くよシャワーがお湯になるまでに(斎藤よひら)
春よ来い僕は砂抜き中の浅蜊(馬場叶羽)
冬場だけどうにかならんかちょっとだけ(奥野和憲)
作品20句を発表している方々より一句ずつ抽出。「まるたけ句会の魅力は、多様性と自由さにあると思う。(中略)それはとりもなおさず塩見氏が、様々な句風や挑戦を容認下さっているからである」。エッセイでそう述べるのは、句会発足から会の世話をしてきた髙橋康子さん。大らかで自由な気風は、掲出の句群からも十二分に看取できる。
創刊号の発行日は2024年8月15日、作者の53歳の誕生日である。20年前のその日、同氏は文芸部顧問として、甲南高校を「俳句甲子園」全国優勝に導いた。そのチームメンバーの一人は、「まるたけ」句会に参加し、今でも俳句を続けている。同じくチームメンバーであった私は、「ホトトギス」などに属し、伝統俳句を志している。作者は、これからも多様な人材を輩出し、俳句の世界を豊かにしてくれることであろう。
(進藤剛至)
【執筆者プロフィール】
進藤剛至(しんどう・たけし)
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。稲畑汀子・稲畑廣太郎に師事。甲南高校在校中、第7回「俳句甲子園」で団体優勝。大学在学中は「慶大俳句」に所属。第25回日本伝統俳句協会新人賞、第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。俳誌「ホトトギス」同人、(公社)日本伝統俳句協会会員。共著に『現代俳句精鋭選集18』(東京四季出版)。2021年より立教池袋中学・高校文芸部を指導。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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