秋草の揺れの移れる体かな涼野海音【季語＝秋草（秋）】

ハイクノミカタ

秋草の揺れの移れる体かな　涼野海音【季語＝秋草（秋）】

2023/10/11
ハイクノミカタ, マンスリーゲスト
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秋草の揺れの移れる体かな

涼野海音

十月に入ってから、大会にあわせて、松本・諏訪・安曇野・長野方面を訪ねた。訪れる前に田中裕明賞授賞式にて、長野県生れの山岸由佳丈夫な紙 | 素粒社 (soryusha.co.jp)さんに旅程のことを言ったら、「とても良い時期に行きますね」と言われ、冬の厳しさを知る人の言だと思った。

実際訪れてみると、まさに秋澄む様でありながら、地元の人達が、おそらく雪が降る前にであろうか、徐々に冬に向けた用意を始めている様子が深く印象に残った。きっとその人達の父祖もそうして来たであろうし、これからここで育つ子達も無意識的にそうするようになるのであろうと思った。

だからこそ秋の爽やかさが際立つのだろう。そんなことを感じながら、ふと、採り上げるなら、今日は秋草の句がいいなと思った。

掲句。作者の涼野海音（すずのうみね）さんSuzunoumine’s Site on Strikingly (mystrikingly.com)は、香川県高松市在住の俳人で、「足は地元に、目は全国に」をモットーに、全国の方と句会をされている。

年齢も割合近く、地方在住ということで何かと共通点があり、連絡を取りやすい。その読書量は目をみはるべきもので（涼野海音の俳句部屋 (fc2.com)、常に何かを読んでいる。私も活字中毒者で、この点も親近感が湧く理由の一つだ。多くの超結社句会を運営するだけあって、連絡がマメである上、様々な俳句に触れ続けている。海音さんにご縁を広げていただいた俳人の方々もとても多い。

海音さんには拙句集Amazon.co.jp: 深雪晴 : 伊藤幹哲: 本に対して帯文を賜った。

「どの句も季語の輪郭が鮮明である。格調の中にしっかり景が生きている。

白日へまばゆき鷹を放ちけり　幹哲

の鷹のごとくさらなる飛翔を志す本格派の新人の句集である。」

とある。

改めてこの帯文を読み返してみても、海音さんの俳句同様、平明で余白の多い文章である。拙句集を読み込んでいただいたことが伝わるもので、深い感謝の念が自然と浮かんでくる。同人誌「晨」では編集にも携われているようで、句集の編集にも貴重な助言を賜った。

改めて掲句は、ひたすら見続けている俳人の一つの境地であろう。秋草を見つづけていたら、その揺れが自らに移ってきたというのである。視覚と触覚の融合、主体と客体の結合というのを素直に言い表しており、淀みがない。

すとんと読者の腑に落ちていくのは韻律に配慮が行き届いている点も大きい。この句は「秋草」の持つa音の温かみとk音の固さで始まる。助詞「の」が全体をつないでいく。中七の「揺れの移れる」の措辞は、母音にu音及びe音を多用し、a音がない。そのために揺れるような響きをもたらす。下五「体かな」はすべて母音がa音であり、柔らかな温かみに句は収斂していく。読者もまた、自らの体と秋草がつながった気持ちになるだろう。

また季語の「秋草」が動かない。具体的な秋の花を持ってくるのではなく、抽象度を「秋草」に止めたところが巧みだと思う。一部を描写しながら、背景としての花野を吹く風を感じさせ、空間的な拡がりと時間的な奥行きを有する句である。

蛇足だが、この句を読むとなぜか「秋の草まつたく濡れぬ山の雨」（飯田蛇笏）を思い出す。蛇笏句は山の威容と秋雨と八千草の濡れ伏す美しさを豪快に言い放つ良さがある。これと対照的に掲句は、花野と秋晴と繊細な身体感覚とをもとに、しなやかに読み手に語りかける良さがある。「秋草」一つ取っても、これだけ作句に幅がある。その共通項としての季語がある。俳句の面白さは尽きない。

（伊藤幹哲）

【執筆者プロフィール】
伊藤幹哲（いとう・まさのり）
昭和六十三年宇都宮市在住。「馬醉木」同人。俳人協会幹事（栃木県支部事務局長）。第十二回北斗賞、俳人協会第五回新鋭俳句賞・第七回新鋭評論賞準賞、第三十六回村上鬼城賞新人賞。第一句集に『深雪晴』（文學の森）。

【伊藤幹哲さんの第一句集はこちら！】

◆伊藤幹哲氏は宇都宮市在住、大正11年創刊の俳句結社「馬醉木」に所属して日々研鑽を積む34歳、二児の父でもあります。白日へまばゆき鷹を放ちけり　挨拶はなし春闘の席に着く　月のいろ宿す金魚を掬ひけり　踏台の子と歯を磨く夜涼かな　秋燕や光あつめて出す棺「私は、俳句形式としての有季定型切字の可能性を深く信じている。自らの心の動きを表現するにあたって、生涯をかけて追究していくべきことだと思っている。俳人は十七音の世界の中でどこまでも自由なのだから」(本書より)