ハイクノミカタ

人垣に春節の龍起ち上がる 小路紫峡【季語=春節(春)】


人垣に春節の龍起ち上がる

小路紫峡


ニューヨーク市の保健局から葉書が届いた。Covid-19(新型コロナウイルス)のワクチン接種を開始したことに伴って、条件の合う人に接種を奨励するものだった。その文章の言語は英語の他にスペイン語、そして中国語。ニューヨーク市の人口の3%にも及ぶという中国系移民の多さを物語っている。

その大部分が住むのが、マンハッタンにある中華街、チャイナタウン。このチャイナタウンは、北米の最古で最大で、アジアの外としては最大の人口を持つという。赤や黄色で華やかな漢字の看板を掲げた商店が所せましと立ち並び、いつも活気に満ち溢れそれはそれは賑やかだ。

このチャイナタウンの年間で最大の行事が〈春節(しゅんせつ)〉、チャイニーズニューイヤー(Chinese New Year, Lunar New YearまたはSpring Festival)。これは中国・中華圏における新年で、かつての日本のように、月の巡りを元にした暦である太陽太陰暦(日本でいう旧暦)に沿って行われるため、西暦の上では毎年日付が変わり、今年は明後日、2月12日だ。ご存知の通り日本では、明治時代に行われた新暦(太陽暦、グレゴリオ歴)への改暦後は、日本におけるこの旧暦の正月のことを旧正月と呼んでいる。

〈春節〉、チャイニーズニューイヤーは盛大に祝われ、ニューヨークにとっても毎年恒例の一大イベントとなっている。〈春節〉は日本の正月と同じく、家族で祝う行事であるため、市はこの習慣を尊重し、公立学校を休校としている。このことからも〈春節〉の存在感の大きさがわかるだろう。

〈春節〉には、チャイナタウンは歩行者天国になり新年を祝う。干支の飾りや縁起物、それから様々な食べ物が売られ、魔除けとして年越しの晩に爆竹を盛大に鳴らす習わしから、人々はクラッカーを鳴らし、獅子の着ぐるみによるライオンダンスや、巨大な龍の張りぼてを多数の人により操るドラゴンダンスが街を練り歩く。ライオンダンスは日本の獅子舞にあたるが、赤や黄色と紫と、とにかく色が華やか。チャイナタウンの街全部がまるで喜びで踊るよう。

〈春節〉と呼ばれ、新年を迎える喜びと春を迎える喜びとが重なるのを実感する新年の祭り。改暦前の日本でも、かつて人々は「正月」を文字通り「迎春」として、同じ喜びを体感していたのだろう、と想像したりする。

さて、〈春節〉の句を探していて、目に止まった二句。

まずは、鮮魚を売る店が多数あるチャイナタウンの雰囲気、そして〈魚臭〉から魚の匂いはもちろん、その音からだろうか、活気を伴った独特な雑多な感じを思い起こさせてくれて魅力的な一句。

 春節の人ごみどこか魚臭あり 中尾杏子 「ながさき曼荼羅」

そして掲句だ。ネット上で見初めたが出典は確認できなかった。作者の小路紫峡(しょうじ・しきょう)は阿波野青畝門で、神戸に拠点をおく俳誌「ひいらぎ」の主宰をされていたという。

 人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡

〈人垣〉からは視界が遮られるほどの人混みが見え、〈春節の龍〉という省略の効いた表現からは即時に見事な龍の張りぼてが現れ、「『立ち』上がる」ではなく〈『起ち』上がる〉からは、龍の垂直面と水平面に自在に動く力強さが打ち出されている。精選された言葉の力により、一読して〈春節〉の祭りのはちきれんばかりの活気の中に身を置く追体験ができた。

今年のイベントは延期されるということだ。チャイナタウンには、いつ訪れても元気をもらっていた。街にあの明るさと活気が戻ることを心から祈っている。

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 幼子の手の腥き春の空 飯島晴子【季語=春の空(春)】
  2. 結婚は夢の続きやひな祭り 夏目雅子【季語=雛祭(春)】
  3. 行く雁を見てゐる肩に手を置かれ 市村不先【季語=行く雁(春)】
  4. 灰神楽かと思ひきや杉花粉 天沢退二郎【季語=杉花粉(春)】
  5. 跳ぶ時の内股しろき蟇 能村登四郎【季語=蟇(夏)】
  6. 汽車逃げてゆくごとし野分追ふごとし 目迫秩父【季語=野分(秋)…
  7. 秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子【季語=秋山(秋)】
  8. 胸の炎のボレロは雪をもて消さむ 文挾夫佐恵【季語=雪(冬)】

おすすめ記事

  1. 象潟や蕎麦にたつぷり菊の花 守屋明俊【季語=菊(秋)】
  2. 秋日澄み樹のいろ拾ひつづけたる 井越芳子【季語=秋日(秋)】
  3. 耳飾るをとこのしなや西鶴忌 山上樹実雄【季語=西鶴忌(秋)】
  4. 【新年の季語】初詣
  5. 【夏の季語】ソーダ水
  6. 【冬の季語】南天の実
  7. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年2月分】
  8. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年5月分】
  9. 鳥屋の窓四方に展けし花すゝき     丹治蕪人【季語=花すゝき(秋)】
  10. 【書評】日下野由季 第2句集『馥郁』(ふらんす堂、2018年)

Pickup記事

  1. 【新年の季語】歌かるた(歌がるた)
  2. あかさたなはまやらわをん梅ひらく 西原天気【季語=梅(春)】
  3. 小燕のさヾめき誰も聞き流し 中村汀女【季語=小燕(夏)】
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第129回】朝妻力【最終回】
  5. 【冬の季語】八手の花
  6. 初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を【季語=初夢(新年)】
  7. 鶯や製茶会社のホツチキス 渡邊白泉【季語=鶯(春)】
  8. 灯を消せば部屋無辺なり夜の雪 小川軽舟【季語=雪(冬)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第116回】入沢 仁
  10. 春や昔十五万石の城下哉 正岡子規【季語=春(春)】
PAGE TOP