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どんぶりに顔を埋めて暮早し 飯田冬眞【季語=暮早し(冬)】


どんぶりに顔を埋めて暮早し

飯田冬眞


この世に丼物の数は多い。牛丼に始まり、親子丼、カツ丼、天丼、天津丼、鉄火丼…丼鉢によそったご飯におかずを乗せればたちまちナントカ丼になるので、数が多いというよりもその数は無限と言っていい。おかずの汁気が沁み込んだご飯の美味しさも丼物に人気の集まる理由だろう。定食屋なら必ず丼メニューの一つや二つは用意している。

丼専門店の代表格はやはり牛丼屋だと思うが、私が入ったのは記憶する限りでは大昔と中昔(?)の2回こっきり。この頃はテイクアウトもあるし、女性にも大きく門戸は開放されているようだけれど、どうにも敷居が高い。ご飯を食べながら本や雑誌を読もう、とか、今夜の句会の句を考えよう、などの魂胆は不埒とみなされそうだし、ましてや「コーヒーはお食事中か食後かどちらになさいますか。」と聞かれることもない。注文するやいなや電光石火の勢いで丼が目の前に置かれる。かっこむ。食べ終えたら即座に店を出る。牛丼屋にはオトコ飯の流儀がある。そう、丼物ではなく、「どんぶり飯」と呼ぶときそれは男のメシなのだ。

どんぶりに顔を埋めて暮早し

この句もそんな牛丼店だろうか。冬の夕方。昼食を食べ損ねたか、残業に備えるのか、単に猛烈に腹が減っているのか、何であれ、男が憑かれたように丼物を食らっている。「顔を埋めて」は比喩ではなく行為の率直な描写だが、力強さのよく伝わる表現だ。わしわしわしと飯を掘り進んでは口へ運ぶ箸の動きまでつぶさに見える。その勢いに操られるかのように日がどんどん暮れてくる。逆に、日の短さが食事を追い立てるかのようでもある。この意図せざる因果関係が諧謔的でありながらどこか切ない。

蛇足にはなるが、「どんぶり」の表記についても付け加えることにする。「丼」と漢字表記だと器そのものを表すように読める。丼鉢に水を張って顔でも洗っているのだろうか、と捉えられなくもない。換喩の効果が低いというべきか。一方、「どんぶり」と平仮名でたっぷり四字を費やすと、器の分厚さやそれを抱える手の大きさまで込みの「メシ食ってる」という臨場感が立ち上がる。

不器用で箸使いも自信がない私としてはこんな食べ方は夢のまた夢。せめて俳句の中で味わった気になるのだ。

『時効』 ふらんす堂 2015より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


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