すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱 中村晋【季語=蝶(春)】

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すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱

中村晋


明日は、東日本大震災から10年目の3月11日。

新型コロナウイルス感染拡大予防のため、去年からは、例外的にその開催の中止や規模縮小がなされているが、例年、日本では追悼式典が多く行われているこの日、ここニューヨークでも、毎年、東北を故郷とする方々をはじめ多くのボランティアによって、お亡くなりになった方々を追悼し、被災地の復興を願うイベントが開催されている。祈りの日である。

すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱

むずかしい平凡」より。句中の動作の(ぬし)は、蝶の舞う春の陽気の中で黙禱(もくとう)している。その黙禱を吐く息で終えた。そしてまた蝶が目に入る。黙禱のさなか去来する思いや景色が彷彿される。

誰かが命を落とすとき、残された者、生きる者のできることとは祈ること。生きることとは息をするということであり、息をすること自体が祈りであると思う。

掲句を声を出して読んでみると、

〈すうっと〉〈ふうっと〉は柔らかな韻律を生み、〈すうっと〉〈ふうっと〉この一句自体が生きものとして呼吸をしているかのように思えてくる。そのうちこの一句が祈りそのものであることに気づく。

作者は福島県に住む。震災以来、日々の生活の中の震災と向き合い俳句を作り続けている。

同句集から引く。

船の上に船を(二〇一一年三月末相馬にて三句)重ねてひばりかな

一木の芽吹きにからむ漁網かな

ねじれた電柱春空にひっかかる

雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

フクシマや冬蝿光らせて逃す

やわらかな言葉によって、かの震災がもたらした、逃れられない非日常が映像として静かに且つ力強く描き出されている。

ふと俳句史の中で起こった社会性俳句を巡る議論の中で、金子兜太師が述べた「社会性とは態度の問題」との言葉を思い出す。柔軟な俳句という器は、対象が何であれ掬うことが可能である。では何を掬うか。それは作者に任されている。「こうでなければならない」ということは何もない。ただ作者が作者の内なる声に耳を澄ませて、その声に従うということだろう。作者には兜太師の精神が受け継がれていると思う。

もう一句、同句集から筆者の好きな句を紹介したい。

東北は青い胸板衣更

自然豊かでたくましく美しい、この日本の胸板、東北を心に思い浮かべ、被災地の復興と、住民の皆様の安全と健康と心の平安を願い、今、祈りの息をしている。

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
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>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
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>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



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