ハイクノミカタ

蟭螟の羽ばたきに空うごきけり 岡田一実【季語=蟭螟(夏)】


蟭螟の羽ばたきに空うごきけり

岡田一実


龍とか、鳳凰とか、麒麟とか、伝統を背負った架空動物を句材にするのって難しくないですか?  わたしはたまに迷います。架空の生き物が創造された発端というのが、人間の認識を超えたものを表出することにあったと考えられる以上、屋下に屋を架すがごとくそのイメージを流用するのってどうなんだろう?と思ってしまうんです。

また逆に、伝統的な架空動物なのにイメージがあやふやなものもいますよね。目に見えないことをその特色とした蟭螟(しょうめい)とか。蟭螟は『列子』に登場する「蚊のまつげに巣をつくるという想像上の小虫。転じて、微小なもののたとえ」(出典『日本国語大辞典』)で夏の季語。目に見えないということは、いかようにも詠めるということですが、こういうのはかえってみんな句材にしません。

 蟭螟の羽ばたきに(くう)うごきけり   岡田一実

句集『光聴』より。目にみえない蟭螟の存在が、くうの動く気配によって察知されています。「空が動く」という把握が非常に武術的で、羽による音波=空気の振動を気で捉えたとみると、認識不可能なものを認識可能にする道筋がすっと通ります。

世界の立ち上がる最初の一撃を描写の体で描きつつも、実際の絵として存在する部分がひとつもなく、架空の存在を、架空のままにうまく据え置いているところに作者の工夫がありますが、わたしの個人的な好みとしては

 その暮らしあり蟭螟に箸づかひ   岡田一実

のほうがずっと好き。〈蟭螟や人に生まれてほ句作り/松根東洋城〉のアンサーソングみたいな雰囲気とか、日々この作者は蟭螟といっしょに生きているんだろうなって感じさせるところが、とてもいいです。

小津夜景


【小津夜景のバックナンバー】
>>〔37〕1 名前:名無しさん@手と足をもいだ丸太にして返し  湊圭伍
>>〔36〕おやすみ
>>〔35〕夏潮のコバルト裂きて快速艇     牛田修嗣
>>〔34〕老人がフランス映画に消えてゆく    石部明
>>〔33〕足指に押さへ編む籠夏炉の辺     余村光世
>>〔32〕夕焼けに入っておいであたまから    妹尾凛
>>〔31〕おやすみ
>>〔30〕鳥を見るただそれだけの超曜日    川合大祐
>>〔29〕紀元前二〇二年の虞美人草      水津達大
>>〔28〕その朝も虹とハモンド・オルガンで   正岡豊
>>〔27〕退帆のディンギー跳ねぬ春の虹    根岸哲也
>>〔26〕タワーマンションのロック四重や鳥雲に 鶴見澄子
>>〔25〕蝌蚪の紐掬ひて掛けむ汝が首に     林雅樹
>>〔24〕止まり木に鳥の一日ヒヤシンス   津川絵理子
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪        芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり      星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町       大串 章
>>〔20〕菜の花や月は東に日は西に      与謝蕪村
>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく  西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋   北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋     依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越    攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋     鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
>>〔10〕しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市
>>〔9〕凩の会場へ行く燕尾服        中田美子
>>〔8〕アカコアオコクロコ共通海鼠語圏   佐山哲郎
>>〔7〕後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ     佐藤りえ
>>〔6〕COVID-19十一月の黒いくれよん   瀬戸正洋
>>〔5〕風へおんがくがことばがそして葬    夏木久
>>〔4〕たが魂ぞほたるともならで秋の風   横井也有
>>〔3〕渚にて金澤のこと菊のこと      田中裕明
>>〔2〕ポメラニアンすごい不倫の話きく   長嶋 有
>>〔1〕迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー   中嶋憲武


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 非常口に緑の男いつも逃げ 田川飛旅子【季語=緑(夏)?】
  2. めちやくちやなどぜうの浮沈台風くる 秋元不死男【季語=台風(秋)…
  3. 芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々【季語=芹(春)】 
  4. 胸元に来し雪虫に胸与ふ 坂本タカ女【季語=雪虫(冬)】
  5. 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【冬の季語=冬(冬)】
  6. またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
  7. 数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石【季語=数へ日(冬)】
  8. 水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子【季語=春の月(春)】

おすすめ記事

  1. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2024年3・4月分】
  2. 寝そべつてゐる分高し秋の空 若杉朋哉【季語=秋の空(秋)】
  3. 【夏の季語】夏休(夏休み)
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第27回】安里琉太
  5. 雪掻きて今宵誘うてもらひけり 榎本好宏【季語=雪掻(冬)】
  6. 魚のかげ魚にそひゆく秋ざくら 山越文夫【季語=コスモス(秋)】
  7. 片手明るし手袋をまた失くし 相子智恵【季語=手袋(冬)】
  8. 嫁がねば長き青春青蜜柑 大橋敦子【季語=青蜜柑(秋)】
  9. 【冬の季語】冬の月
  10. 手に負へぬ萩の乱れとなりしかな 安住敦【季語=萩(秋)】

Pickup記事

  1. 【春の季語】鷹鳩と化す
  2. 【秋の季語】秋高し
  3. 天高し風のかたちに牛の尿 鈴木牛後【季語=天高し(秋)】
  4. てつぺんにまたすくひ足す落葉焚 藺草慶子【季語=落葉焚(冬)】
  5. 【春の季語】初音
  6. 虎の尾を一本持つて恋人来 小林貴子【季語=虎尾草(夏)】
  7. 気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子【季語=春(春)】
  8. がんばるわなんて言うなよ草の花 坪内稔典【季語=草の花(秋)】
  9. クリスマス「君と結婚していたら」 堀井春一郎【季語=クリスマス(冬)】
  10. 【春の季語】三月
PAGE TOP