夕焼けに入っておいであたまから 妹尾凛

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夕焼けに入っておいであたまから

妹尾凛


ゴールデンウィークも終わり、歳時記的には夏になった。さいきんはコロナのワクチン接種が急ピッチで進んでいるようで、ひさしぶりに会う人との会話はそればかりだ。家人は一ヶ月前に接種をすませ、私は予約番号を信用できるのであればもう少し先になる。ワクチンに興味のなかった人々も、夏のヴァカンスの移動や宿泊でワクチン証明書が必要という噂が立ったせいで、すごい勢いで予約している。ヴァカンスが絡むと、みんないきなり目の色が変わるから怖い。

今日も海を眺める。浅い夕日のさす海だ。浜辺では、あちらこちらに家族連れがかたまり、宅配のピザをわいわいひろげて食べている。食べるのに飽きた子供達は海であそぶ。大人はビールを飲んでいる。

  夕焼けに入っておいであたまから  妹尾凛

「あたまから」という姿勢がダイナミックだ。しかも「入っておいで」と指示された場所が夕焼け。きっとものすごく大きな、そしてすばらしい夕焼けなんだろう。わたしは阪田寛夫の詩「夕日が背中を押してくる」の夕日を想像する。が、すぐさま、いやいやちがう、この句は夕日じゃなくて夕焼けなんだ、つまり薔薇色の空全体が飛び込むべき世界なのだ、と理解しなおす。

この句にはひとを幼年期に引き戻す力がある。わたしは幼年の心に還って夕焼けに身をひたした。けれどもおいしそうなピザの匂いが胸いっぱいにひろがり、夕焼けの向こうへは行けなかった。

小津夜景


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【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記



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