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雪掻きて今宵誘うてもらひけり 榎本好宏【季語=雪掻(冬)】

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雪掻きて今宵誘うてもらひけり

榎本好宏

東京が4年ぶりの大雪に見舞われたのは今月六日のこと。昼あたりには小雪ほどだったのが、あれよあれよという間に激しくなった。まさに「雪霏霏と」というノリで、夕方を過ぎても勢いは一向に衰える気配がない。何時頃止んだのか分からないけれど、深夜戸口から出てみると静まり返った銀世界。降りやんだばかりの雪は柔らかく、蹴るとさらさら舞い上がる。明日の朝には凍っているからここで雪掻きをした方がラクだよ、と過去の経験が語り掛けて来る。でも遅いし寒いし、と肩をすぼめて引っ込んでしまった。

快晴の翌朝、案の定雪は嵩が減った分しっかり冷たく固まっている。カーポートと前の通りの雪を申し訳程度に除けた。あとは行き来する車が自然と溶かしてくれるだろうとのものぐさ魂胆である。さて仕事も一段落してお昼ご飯は何を食べようかなあと思いを巡らし始めた頃、ガシャッ、ガシャッと通りから音が響いてきた。斜向かいの奥さんが懸命に雪掻きをしているのだ。見回したところ、どうやらウチの前に残っている雪が一番多そう。これはやはり気まずい。ご飯前のエクササイズと言い聞かせ外に出た。突き立てたシャベルを梃子のようにして凍った雪を掘り起こす。雪掻きというよりまるで雪剥がしだ。見かねたのか「あとは車に任せましょうよ。」と奥さんが寄って来た。そのまま少し立ち話。ふだん顔を合わせても会釈か簡単な挨拶で済ますばかりなので、ささやかな会話でも心にふっと陽が差す。奥さんが家に入ったら今度は別の家からシャベルを携えたご主人が出て来た。お互いに頭を下げ、それぞれ雪剥がしに取り掛かる。同時に腰を伸ばしたのをきっかけに雪の固さをにこやかに嘆き合った。この家の夫人は知っているけれど、ご主人と口をきいたのは初めてのこと。次に道で出会ったとしても私はきっと「〇〇さんだ」と見分けられないだろう。それでも、近所付き合いらしきことが出来たわけで、雪搔きにも一文の得はあるのだ。

雪掻きて今宵誘うてもらひけり

この句の背景には私の近所付き合いなどよりも濃い人情が感じられる。雪掻きせんと家々から人が出て来る。力仕事だから男性が多いだろう。よく降りましたね、などと顔馴染みと世間話をするうちに「どうですか?今夜一杯」という流れになったものか。何に誘われたのかはっきり示されていないが、まさか映画や句会ではあるまい。誘われた、ではなく、誘って貰った、というところに謙虚な嬉しさが滲んでいる。合いの手のような「今宵」からして心の弾みは隠しようもない。これはやっぱりお酒でしょう、と見当をつけるのは自分の好みに引き付けすぎかしらん。自信がなかったが、『俳句』2月号に同じ作者による

本来ならこちらが誘ふ寒の酒

を見つけた。ほらー、やっぱりお酒だよね。いつかの雪掻きの続きかもしれない、と楽しい想像が膨らむ。誘ったり誘われたりが気軽に出来なくなって久しいけれど、せめて俳句の中ではこうやって交歓したいものです。

『花合歓』樹芸書房 2021年

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子
>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
>>〔35〕好きな樹の下を通ひて五月果つ    岡崎るり子
>>〔34〕多国籍香水六時六本木        佐川盟子
>>〔33〕吸呑の中の新茶の色なりし       梅田津
>>〔32〕黄金週間屋上に鳥居ひとつ     松本てふこ
>>〔31〕若葉してうるさいッ玄米パン屋さん  三橋鷹女
>>〔30〕江の島の賑やかな日の仔猫かな   遠藤由樹子
>>〔29〕竹秋や男と女畳拭く         飯島晴子
>>〔28〕鶯や製茶会社のホツチキス      渡邊白泉
>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
>>〔25〕漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に    関根誠子
>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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