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まはすから嘘つぽくなる白日傘 荒井八雪【季語=白日傘(夏)】

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まはすから嘘つぽくなる白日傘

荒井八雪))


思わず膝を打ってしまうのだけれど、この「嘘っぽさ」を説明しようとすると言葉に詰まる。白日傘自体は嘘ではなく、目の前に存在しているのは間違いない。その日傘が回るのが嘘、ではなく、嘘「っぽい」というのだ。「ぽい」とは嘘にもなり切れない嘘まがいのことだ。そこを胡散臭く見ている作者なのである。では、なぜ日傘を回すのが胡散臭いのか、これがむつかしい。私のように一も二もかく「ですよね~」と大きく肯く人もいれば、首を傾げる人もいるだろう。

コロナ禍に先立つこと数年前、米沢に螢を見に行ったことがある。その夜はあいにく雨催いだったが、烟るような五月闇の中、螢の光が滲むように点ったり、軌跡を描いたりするのもまた幽玄で私たちはそぞろ歩きを楽しんでいた。とする内にどこからか「ほー、ほー、ほうたる来」とソプラノが聞こえて来た。子供ではなく、明らかに大人の女性の声だ。うわぁ、歌うんだ、と心の中で苦笑したのだが、なんと歌声は一度で済まず、壊れたレコードさながら(喩えが死語ですみません)ほー、ほーと同じフレーズをエンドレスに繰り返すものだから、いい加減食傷した。いったいどんな人かしらん、と声のする暗がりへ眼を凝らすと、すらっとした白のサマードレスが浮かび上がった。黒髪が鎖骨の下までかかっていると思しい。闇に目が慣れれば若くないことも見て取れる。連れの男性が彼女から少し下がって付き添っていた。即座に、はいはい、そういうタイプね、と納得した。白いワンピースで螢の闇を彷徨い、心はまだ童女なんですの、と態度で表わすタイプ。自分うっとり、と言ってもいい。そのお姿、周りから見ると相当恥ずかしいんですけどー、と言ってもこの手の人は耳を貸さないんである。ウチの母にもその気があったので分かるのだ。

つい鼻息荒く私憤を晴らしてしまったけれど、掲句を読んで真っ先に思い浮かべたのがあの夜の螢オバサンだったのだ。彼女の白いワンピースとこの句の白日傘、「ほーほー」という歌声と日傘の回転がぴたりと重なった。作者は白日傘を非難しているのではない。回すなんて芝居じみたことをするから、日傘も日傘を差しているあなたもまがい物に見えてしまうのよ、と言っているのではないか。もちろん、日傘くるくるも、「ほうたるこー」もやりたければやれば良いし、微塵の気取りもないと胸を張るのも自由だ。「嘘っぽい」と喝破する作者の側に私も立つ、というだけの話だ。

ついでながら、これは俳句について書かれた句という見方もある。日傘と来れば回す、という俳句は矢鱈ある。日傘回さねば人にあらず、と平家一門ばりに横行している(個人の感想で、統計データなどはありません)。でも、年々夏日が長く厳しくなり、日傘人口も増えているのに、実際のところ日傘を回している人はまず見かけない。あれは映画やドラマや小説、歌の中だけのことじゃないだろうか。嘘っぽさを解く鍵はこんなところにも隠れているような気がするのだが。

『奉る』ふらんす堂 2019年より)

太田うさぎ


【この句が入っている句集はこちら↓】

【今日の一句の作者】
荒井八雪(あらい・やゆき)
1945年横浜生まれ。1991年「童子」入会、2002年退会。1999年「文」創刊同人、2008年終刊。2002年句歌詩帖「草藏」創刊同人。2007年「大」創刊同人、2014年終刊。現代俳句協会会員、一般社団法人日本ペンクラブ会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔86〕蛇の衣傍にあり憩ひけり      高濱虚子
>>〔85〕夏場所の終はるころ家建つらしい   堀下翔
>>〔84〕捨て櫂や暑気たゞならぬ皐月空   飯田蛇笏
>>〔83〕詠みし句のそれぞれ蝶と化しにけり 久保田万太郎
>>〔82〕黒服の春暑き列上野出づ      飯田龍太
>>〔81〕自転車の片足大地春惜しむ     松下道臣

>>〔80〕春日差す俳句ポストに南京錠     本多遊子
>>〔79〕蜆汁神保町の灯が好きで       山崎祐子
>>〔78〕うららかや帽子の入る丸い箱     茅根知子
>>〔77〕春満月そは大いなる糖衣錠       金子敦
>>〔76〕夕空や日のあたりたる凧一つ     高野素十
>>〔75〕シャボン玉吹く何様のような顔     斉田仁
>>〔74〕鳥の恋漣の生れ続けたる                            中田尚子
>>〔73〕浅春の岸辺は龍の匂ひせる     対中いずみ
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子

>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
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>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
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>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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