春満月そは大いなる糖衣錠
金子敦
月はどの季節でも美しいけれど、春の月は特に好もしい。三日月のような細さでも柔和なシルエットを見せる。満つれば更なり。中天に差し掛かる前の月はとても大きくて近くて、時にはピンクグレープフルーツのような色に輝く。うっとりと優しく甘い心地になりたければ春の月を仰ぐに限る。
掲句はそんな気分を掬い取っている。作者金子敦はその味が舌に再現出来そうなほど美味しそうに食べ物を詠む達人だ。春満月ならばさぞや極上のスイーツを用意するだろうと思いきや、糖衣錠というまさかの変化球。しかし、艶やかな表面といい、ゆるやかに裏面へカーブする輪郭といい、大気中の水分が多い春の月に糖衣錠の見立てはしっくり来る。言われればなるほどと肯くけれど、このような発想はなかなか浮かばない。
それにしても、というか、この句の眼目は「そは」にあるような気がしてならない。「とは」俳句は世の中に溢れているが、浅学ながら「そは」俳句にはお目にかかったことがない。この二字の古語が演劇的な効果を上げている。「春満月そは」の響きは美しく、句を古典的に盛り上げるだけに、糖衣錠という着地に笑いが起きる。讃えられているのは月なのか錠剤なのか混沌としているのが面白い。月とすっぽんではないけれど、比較される二者の属性が隔たれば隔たるほど笑いの渦は大きくなるが、大きすぎると品がなくなる。月と糖衣錠は絶妙な距離にあると言えるだろう。意表を突く展開ににやりとしながらも、確かに糖衣錠とは言い得て妙だと感心したり、この糖衣錠は黄色か白かと想像したり、そう言えば正露丸を切らしていなかったかしらん、とあらぬ方へ思いが逸れたりもするのだけれど、この句はそんな散逸する考えも受け入れてくれる、ような気がしている。甘えすぎだろうか。
糖衣にくるまれた錠剤に体の不具合を治したりサポートする薬効成分があるように、あたたかな夜空にまん丸く浮かぶ月もまた心に効くサプリメントなのかもしれない。月は眺めるサプリ、俳句は読むサプリ、なんちって。
昨日18日は満月だけれど、東京は残念ながら雨の予報。3月の満月はワームムーンと呼ばれるのだそうだ。ワーム、つまり虫。冬の間土中に籠っていた虫たちが地上に出て来る時期から名付けられたとのことで、啓蟄という考えは普遍的なのだろう。「虫出しの雷」みたいでもある。この満月は積み重ねた努力が実るとき、と星占いのコラムに書いてあった。満月は過ぎてしまったし、先ずは努力を積み重ねる力をお与え下さい、と願うとしよう。
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】