ハイクノミカタ

春日差す俳句ポストに南京錠 本多遊子【季語=春日(春)】

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春日差す俳句ポストに南京錠

本多遊子))


東京23区の端でも桜は満開を過ぎ、日々静心なく散っている。芽吹きの始まったメタセコイアは遠目にはまるで産毛が生えているみたいだ。冬もの衣類もそろそろクリーニングに出さないと。

こんな時期は家にいても落ち着かない。窓の外を軽装の人々が行き交うのを眺めるうちに私のような出不精でもふらふらと宛もなく電車に乗って遠出をしてしまう。日が永くなったので、夕闇に追い立てられて家路を急ぐなんてことがないのもいい。春はお散歩。

俳人にとって散策と吟行はほぼ同義語だったりもする。コロナ禍が続いているとは言え、蔓延防止等重点措置も解除になったことだし、そろそろ吟行の企画を立てたい方も多いだろう。私もその一人。今頃ならどこがいいかな、とこれまでに出かけたあちらこちらを思い返しながらクッキーを齧り茶を啜る午後なのである。

名だたる公園から下町の裏通りまで、吟行地は実に様々な場所があるけれど、多くの場所で投句箱に出会うのには実に驚く。名勝・景勝地は当然として、訪れる客も少なそうな入園無料の庭にひっそりと投句箱が掛かったりしている。私自身は投句箱に句を投じたことがないのだが、やっぱり皆さん記念に一句とか挨拶として、などと認めて行かれるものなのか。俳句はどれほどの頻度で回収されるのか。投句数が予想を下回る場合はどうするのだろう。投句箱についてはかねてより知りたいことが山ほどあるのだ。

掲句は屋外に設置された投句箱だろう。最近は投句箱よりも「俳句ポスト」の名称の方が通りが良いのかもしれない。そのポストの取り出し口に南京錠が付いている。堅牢ではないにせよ錠は錠だ。「俳句ポストに南京錠」には(大袈裟な)という苦笑めいた発見がある。盗む人もあるまいに、とつい乗じて口を出してしまうが、万が一投句を紛失したら投句者にとっても管理者にとっても由々しき問題だ。それ故の錠前か。そこまで考えたことはなかったなあ。

さて、語呂のよい「俳句ポストに南京錠」だが、調子が良ければよいほど季語のチョイスは難易度が上がるのではあるまいか。つまり、どの季語を置いてもそれなりの味が出せるのだ。試みに「鳥帰る」、「亀鳴いて」、「囀や」など当て嵌めてみる。何となく雰囲気がありそうだ。「そぞろ寒」や「短日の」などだと、「出来ているけれどつきすぎ」と合評で声が上がるかもしれないが、これを良しとする人がいてもおかしくない。「それなりの味」とはそういうことだ。前にも書いたけれど、こんな風に実践的に鑑賞(と言っていいのかな)出来るのは俳句実作者の利点だ。これが小説や映画だと訳が違う。ともあれ、季語の取合せには作者の個性が現れるし、読者との相性を定めもする。

でもって、私は「春日差す」は良いと思うのだ。俳句ポストの中味は投句用紙である。苦吟の末の名句もあるだろうけれど、戯れに詠み捨てられた句だって多いに違いない。南京錠がそれらを外に出ないようにしっかり守っている。ここに俳諧味を作者は感じたのだろう。「春日差す」は南京錠に対しては金属感、硬質、堅固などのイメージを和らげる役割を持っているし、俳句ポストに対してはその中に閉じ込められた俳句たちをあやす子守唄にも似た温かみを発揮する。しかし、南京錠もお役目ご苦労なことよ・・・と、この季語を選んだことに作者のアンビバレントな思いを読み取ろうとするのは私の考えすぎだろうか。

私が投句箱に一度も投句したことがないのは、入選する自信が全くないから。自信がないことに絶対の自信がある。そんなヘタレ目線でこの句を読んでしまったせいかもしれない。

(『Qを打つ』 角川書店 2021年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔79〕蜆汁神保町の灯が好きで       山崎祐子
>>〔78〕うららかや帽子の入る丸い箱     茅根知子
>>〔77〕春満月そは大いなる糖衣錠       金子敦
>>〔76〕夕空や日のあたりたる凧一つ     高野素十
>>〔75〕シャボン玉吹く何様のような顔     斉田仁
>>〔74〕鳥の恋漣の生れ続けたる                            中田尚子
>>〔73〕浅春の岸辺は龍の匂ひせる     対中いずみ
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子

>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平

>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
>>〔35〕好きな樹の下を通ひて五月果つ    岡崎るり子
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>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
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>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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