毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
【第35回】
静宜大学を訪れて
先般、台中にある静宜大学を訪れ、同大学外語学院(日本語文学系)の頼衍宏副教授にお会いする機会を得た。日本台湾交流協会台北事務所主催の文化講座「台湾の短歌を語る」を準備する過程で、頼副教授の台湾の短歌に関する研究業績「日本語時代の台湾短歌──結社を中心とした資料研究──」(東京大学大学院総合文化研究科博士学位論文、2008年)を知り、ぜひお話をおうかがいしたいと思い、連絡をとらせていただいた。頼副教授は筆者と快くお会いくださっただけでなく、日本統治時代の短歌に関する貴重な資料をいくつも見せてくれた。
頼副教授は、静宜大学の大学院生の方々とお話する機会も与えてくれた。筆者からは、日本と台湾の短歌の歴史や現在に関する私の理解を話した。筆者は、台湾に住む医師の呉振蘭の次の一首が1965年の宮中歌会始に入選したことが台湾の短歌史におけるエポック・メーキングとなったことなどを取り上げた。
魚羣追ふ鷗の羣が朝凪の海を變速しつつ飛びゆく 呉振蘭
大学院生たちからは、「短歌、俳句、川柳とは何か」との(本質的な)質問を受けたり、台湾における「新詩」の動きなどを紹介してもらったりした。頼副教授からは、万葉集966歌の台湾の短歌史における意義などを指摘していただいた。頼副教授の東京大学における指導教官は神野志隆光教授だったそうだ。筆者は大学の一年生のときに神野志隆光教授の古事記の授業を受けたことを思い出した。
参加している大学院生たち五名(四名は台湾人、一名は日本人)にこれまで短歌を作ったことがあるかどうかを訊ねたところ、作ったことがないとのことだった。そこで、大学院生のみなさんに短歌を作ってもらうことにした(!)。さすが日本文学系の授業をとっている大学院生たちである。得意の日本語を駆使し、それぞれに特徴のある短歌を作って見せてくれた。彼らの短歌に載せることは控えるが、これらの短歌を元に、(1)定型と自由律、(2)漢字、片仮名、平仮名の表記、(3)助詞の働き、(4)漢詩との関係性、(5)言葉の重複あるいはリフレイン、(6)天皇制、などの論点について話し合った。
日本台湾交流協会台北事務所主催の文化講座「台湾の短歌を語る」(2025年4月12日開催)において、筆者は無謀にも「台湾の短歌の歴史と現在」と題して講演をすることにしたのだが、頼副教授から事前に話をうかがえたことで、少しは自信を持って講演に臨むことができるようになった気がした。頼副教授に感謝申し上げたい。
なお、筆者による講演の内容の紹介を含む文化講座「台湾の短歌を語る」の模様については日本台湾交流協会発行の台湾情報誌『交流』2025年5月号に掲載することを予定している。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典