広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第34回】鎌倉と星野立子


【第34回】
鎌倉と星野立子

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


鎌倉は、南に相模湾が広がる三浦半島の付け根にあたり、他の三方は山に囲まれ(七つの切通し)、貴族的な王朝文化の京都に対し、鎌倉幕府以来の武家文化の遺香の鎌倉五山(建長寺、円覚寺等)、鶴岡八幡宮、鎌倉大仏他史跡、文化財がある。昭和41年古都保存法にて京都・奈良と共に指定された、わが国を代表する観光・文化都市である。

鶴岡八幡宮

横須賀線(明治22年)、江ノ島電鉄(同43年)の開通以来、別荘地として発展し、文学者の移住も増え、高浜虚子、大佛次郎、川端康成、小林秀雄、久米三汀、吉屋信子等の「鎌倉文士」や多くの知識人が居住している。

大佛の冬日は山に移りけり      星野立子

鎌倉を驚かしたる余寒あり      高濱虚子

虚子留守の鎌倉に来て春惜む      杉田久女

鎌倉や松の手入を谷戸の音      草間時彦

零余子散るいざ鎌倉の切通し     川崎展宏

大仏の空や西洋(カイ)()に眼のありて    鍵和田秞子

杉の秀に炎天澄めり円覚寺      川端茅舎

空かけてて公暁の銀杏芽吹きたり   石塚友二

立子の〈大佛の句〉は、昭和2年の作で句集『立子句集』に収録。大佛は長谷・高徳院の像高11.3mの国宝・銅造の阿弥陀如来坐像(露座仏)。昭和48年に、玉藻会により句碑も建立され、与謝野晶子の「鎌倉やみ仏なれど釈迦牟尼は美男に在はす夏木立かな」の歌碑もある。

鎌倉大仏(鎌倉市観光協会)

「立子の代表句。「の」「は」「に」の助詞の巧みな斡旋による静やかな調べと冬の季感により空々寂々とした別世界を描出した、実相観入の句」(鷹羽狩行)、「瞬時に大景を捉えて迫力がある」(片山由美子)、「時間の流れを詠みながら、この句には、停滞感の欠片もない。「大仏」「冬日」「山」の三つは、お互いに溶けるように鮮やかな調和を遂げている」(高柳克弘)、「気負いのない詠みぶりながら句柄が大きくまさしく虚子譲り」(国光六四三)等々の鑑賞がある。

星野立子は、明治36(1903)年、虚子30歳の時の二女として東京麹町生れ。論語の「而立」に因み、立子と命名され、小学生時代からその生涯の大半を鎌倉ですごした。東京女子大学高等部卒業後、星野吉人と結婚、長女早子(現「玉藻」名誉主宰・椿)を出産直後の昭和5(1930)年、26歳で虚子の後押しにより「玉藻」創刊。「俳句初心者の誘導と婦人俳句の飛躍」を掲げ、初の女性主宰として29歳でホトトギス同人。同12年、34歳で第一句集『立子句集』上梓。ホトトギスの女流四T(他に中村汀女、橋本多佳子、三橋鷹女)として活躍した。

若宮大路(鎌倉市観光協会)

戦後も『続立子句集第一』『同第二』、『笹目』『実生』等の句集を刊行すると共に、意欲的に全国、海外(北米、欧州、印度、ブラジル等)にも文化使節や指導で出かける共に、虚子逝去後の同34(1959)年から「朝日俳壇」選者となった。同45(1970)年六十六歳の時、脳血栓となり、主宰を実妹高木晴子に任せるも、不屈の精神でリハビリに努めて復帰したのち昭和59(1984)年3月3日逝去。享年八十歳。墓は父虚子と同じ鎌倉・椿寿寺にあり〈雛飾りつゝふと命惜しきかな)の句碑がある。

句集は他に『春雷』『露の世』計11冊、俳話集『玉藻俳話』随筆『俳小屋』等がある。鎌倉・二階堂の星野椿の居宅の隣に「鎌倉虚子立子記念館」があり、「虚子百句屏風」「立子百句屏風」が展示されており、一見に値する。平成24(2012)年には、星野立子賞も創設され、「玉藻」も、星野椿、星野高士と三代で創刊92年目を迎える。

朝夷奈切通(鎌倉市観光協会)

「虚子の即興詩的面を継承、屈託なく素直な情感に溢れてはいるが、あまりに他愛なく物足りないとの面も歪めない」(山本健吉)、「寛恕と華やかさが立子の真情だが、俳句一筋の生涯は必ずしも女として幸せだったか。だが、それが芸術」(星野椿)、「わかりやすい言葉で語られてはいるが、心深く読み取る者には、秘かに湛えられた悲しみが句の向う側から伝わってくる」(西村和子)、「虚子は立子俳句を世に多い「景七情三」でなく「情七景三」であるとし、一番の信奉者として立子を支えた」(星野高士)等々の評がある。

段葛(鶴岡八幡宮参道 鎌倉市観光協会)

まゝ事の飯もおさいも土筆かな

水仙の花のうしろの蕾かな

水飯のごろごろあたる箸の先

連翹の一枚づつの花ざかり

昃れば春水の(こころ)あともどり

女郎花少しはなれて男郎花

いつの間にがらりと涼しチョコレート

蕨飯出来るといふを待つことに

父がつけしわが名立子や月を仰ぐ

暁は宵より淋し鉦叩

囀をこぼさじと抱く大樹かな

午後からは頭が悪く芥子の花

薄氷の上を流るゝ水少し

吾も春の野に下り立てば紫に

美しき緑走れり夏料理

思ひきや今年の月を姨捨に

鉄線はわが好きの花五月来る

人目には涼しさうにも見られつつ

秋灯を明うせよ秋灯を明うせよ

障子しめて四方の紅葉を感じをり

端居してすぐに馴染むやおないどし

たんぽゝと小声で言ひてみて一人

皆が見る私の和服パリ薄暑

虚子忌とは斯く墨すりて紙切りて

大景となりゆく霧の山容チ

ばら剪りてざぶりと桶に浸けておく

虚子と立子の繰り広げる無限の世界、二人の影が一体となって伝統俳句を引っ張り、日本女性に俳句の門戸を開いた功績は大きい。父虚子の大きな愛情に包まれ、天性の才能の花を咲かせた立子は、虚子に忌避され不遇な晩年を送った不出の才媛杉田久女に比して幸せな俳句人生と言えるであろう。    

(「青垣」16号加筆再編成)

星野立子句碑

【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会幹事。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

【第33回】葛城山と阿波野青畝
【第32回】城ヶ島と松本たかし
【第31回】田園調布と安住敦
【第30回】暗峠と橋閒石
【第29回】横浜と大野林火
【第28回】草津と村越化石
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