コンゲツノハイク【各誌の推薦句】

コンゲツノハイクを読む【2021年7月分】


コンゲツノハイクを読む

【2021年7月分】


ご好評いただいている「コンゲツノハイク」は毎月、各誌から選りすぐりの「今月の推薦句」を(ほぼ)リアルタイムで掲出しています。しかし、句を並べるだけではもったいない!ということで、今月より一句鑑賞の募集をはじめることにしました。まだ知れていない名句を発掘してみませんか? どなたでも参加することができますので、お気軽にご参加ください。初回は9名の方にご投稿いただきました。ありがとうございます。


GⅠファンファーレ重馬場に桜蘂降る

田中 槐

「澤」2021年6月号より

競馬にはGⅠでしか流れないファンファーレがある。競馬場にいるすべての人たちの興奮と緊張を束ねるファンファーレ。そこへ「桜蘂降る」という季語が共鳴する。今この時しかないという強い思い。「重馬場」から漂う不安。そういった競馬ファンの綯い交ぜの心情が見事に表現されている一句。何より「GⅠファンファーレ」を句頭にでんと置く、作者のその思い切りの良さに感服した。きっと馬券もすっぱりと勝負する作者なのだろう。発走直前のこの胸に迫る光景を詠むためには、締切間際に馬券を買いに走っているようではいけないのだ。(笠原小百合/「田」)


書架に旧るエズラ・ヴォーゲル昭和の日

屋内修一

「天穹」2021年6月号より

昨年末ヴォーゲル氏の訃報に接した時、大学のゼミ室が脳裏に浮かんだ。同氏の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出版された年、政治学のゼミで輪読した。四十年以上前の昭和の話である。高度成長期の日本型経営や霞が関の官僚機構等をアメリカは学ぶべきとしたハーバード大学教授の説に、日本中舞い上がってしまった。バブル崩壊、その後の「失われた二十年」、コロナ禍の現状しか知らぬ世代には信じ難い内容だろう。結果的に日本人を増長させた禁断の書となってしまった。掲句は懐旧の句ではなく、日本の現状を憂いた警世の句と読みたい。(種谷良二/「櫟」)


保護犬のやうやくはしやぐ春の波

北見鳩彦

「南風」2021年7月号より

保護犬には、元の飼い主から離れ孤独と不安の辛い過去があったのだろう。繰り返し寄せる春の波のやさしさに、少しずつ心を開きようやくはしゃげるようになった。その過程と瞬間を見守る人の優しい眼差しと、春の波のように繰り返し保護犬に温かい言葉をかけ、少しずつ触れて打ち解けていく人のさまも感じられる。保護犬にしてしまったのも人間だが、その犬を心から愛する人間もいる。( 小谷由果/「蒼海」)


父と子を並べて叱る春の泥

館ゑみ子

「南風」2021年7月号より

服や靴に泥を付けて帰宅した夫と子供。「もう、洗うのは誰だと思ってんの……」などと叱っている妻。「並ばせて」ではなく「並べて」という言い方から、彼らがモノっぽく扱われている感じが伝わってきておかしい。同時に不思議に思うのは、この「父」が「妻にとっての父」ではなく「夫」であるということがすんなりと読み取れてしまうということだ。子を成した日本の夫婦は多くの場合、互いを「お父さん」「お母さん」と呼ぶ。自分から見たら「夫」「妻」であるにも拘らず、子供目線の呼び方になるわけだ。不思議。(西生ゆかり/「街」)


学び舎の大きな森に入学す

赤間学

「滝」2021年6月号より

森に。何処やらからドンジャラホイと声が聞える気がしますが、つまり樹木の豊かに生うている学校でしょう。山奥の、分校なのかも知れない。これがもしも欧州の森ですと迂闊に踏み込んではならぬ危険領域であったりもしましょうが日本の森は、わりかし明るくさっぱりと、子らを見守ってくれそうな、安心感を湛えているようです。素直に日本語として読めば、踏み外している表現ですがしかし、そのように言葉の逸脱ぎりぎり、危うきに遊ぶという構えは、十七音という壺中の天地にあっては歓迎されることと思います。(平野山斗士/「田」)


橋の名の三つは言へて春霞

柴田多鶴子

「鳰の子」2021年6・7月号より

京都なら鴨川、大阪なら大川あるいは道頓堀川。夫々にその街らしい名前が付けられ橋の名を聞けばどの川か分かる。作者がどの川をイメージして作句されたかは定かではないが、関西人であればどの橋の名でもその川の情景や雰囲気が大体想像できる。とは言え、いくつもの橋の名を正確に憶えるのは難しい。「あの三つ目の橋は何?」と問われて「ここが○○橋、次がXX橋、三つ目が△△橋」と淀みなく答えられたのが自分でも嬉しかったのでしょう。幸い四つ目以遠の橋は見えにくい春の霞のころでした。(新谷壯夫/「鳰の子」)



失せ物の国へ消えたる石鹼玉

後藤園生

「銀化」2021年7月号より

いま、大人も子供も出かけにくい。家は片付かない、ゴミも増える。失せ物の中に、今頃出てきたと思うものがある。掲句が「失せ物の国」と表現する突然の表出と喪失だ。作者は、石鹼玉を風でも光でもなく、異界へ消えたと言った。新鮮な把握だと思う。いつか子供に「赤ちゃんはどこからきたの?」と問われたら、「お母さんのお腹からだよ。」と答えるかもしれないが、「石鹼玉はなぜなくなるの?」と問われたら、「失せ物の国ってところがあってね。」と言ってしまうかもしれない。物語がひとつ出来上がりそうだ。(間 恵子/「田」)


少年の猫見せに来る日永かな

中島英雄

「たかんな」2021年6月号より

少年の顔は、逆光のせいではっきりとは見えていないかもしれない。作者に見せたくて抱いて来た猫は、もしかしたら少年にとっては少し大きくて重たいかもしれない。抱いたままどんな猫かを話しているのだろう。会話する二人の幸せそうな様子が「日永」にあらわれていると同時にものさびしさも感じる。年齢の離れた作者と少年と猫の命のこと、この句の内容がきょう一日の記憶として刻まれたことをおもう。(弦石マキ/「蒼海」)


鉄橋の鉄うすみどり春の川

田中亜美

「海原」2021年6月号より

旅をしていると鉄橋と出会う。小さいのから大きいのまで。触れながら歩けるものから電車で通り過ぎるものまで。子供の頃はくっきりと大きく見えた鉄の橋。今は錆びて少しぼんやりしたうすみどりになった。雪解け水と戯れた日々はもう遠い。錆びついた思い出は今の自分とだいぶ馴染んできたみたい。変わりゆく景色に静かに架かる古い鉄橋、川辺に芽吹いた緑との重なりも美しく、時を重ねること、ただそれだけと言わずその貴重さを確認するような一句と感じました。(岡本亜美/「蒼海」)


→「コンゲツノハイク」2021年7月分をもっと読む(画像をクリック)


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