神保町に銀漢亭があったころ【第64回】城島徹

鈴木琢磨と伊藤祐三

城島徹(毎日新聞編集委員)

銀漢亭でなにかエッセイを、となれば二人の元同僚の存在に触れないわけにはいかない。

一人は伊那男さんの特集記事を書いた鈴木琢磨(1959年生まれ)だ。テレビで北朝鮮情勢を誇らしげに説く編集委員、と言えば敏腕ジャーナリストのように思われそうだが、ふだんは紅燈の巷を夜な夜な漂流する呑兵衛記者である。『テポドンを抱いた金正日』『今夜も赤ちょうちん』という対照的な本を書いているが、より売れたのは後者であろう。

1982年春、私より1年後の新人記者として奈良支局に現れ、現場に出れば迷走に次ぐ迷走の挙げ句、どこかの安キャバレーで名刺を配って上機嫌ということも。「こいつは何を考えとるんや」と先輩記者たちを嘆かせたが、その〝修業〟のかいもあってか、個性的な名文家となった。

(韓国歌謡を歌う鈴木琢磨オンステージ。ソウルの夜は更けゆく……。)

もう一人は、私が奈良の後に赴任した和歌山県湯浅町の駐在記者を1985年春に引き継いだ伊藤祐三(1960年生まれ)だ。黙っていると顏がエラそうに見えるので、「仕事もせずに威張るなよ」などと同僚にからかわれていた。

「店主は君と同郷だよ」と連れていった銀漢亭では小中高の先輩である伊那男さんと古里談義で盛り上がり、信州の銘酒を口に含むや、「これヤバいっすよ」とご機嫌だった。共同通信に移り、地方創生をテーマに良い仕事をしているなあと思っていたら突然、駒ヶ根市長選に出馬するという。「どうかエラそうな顏に見えませんように」と念力をかけたが、結果は圧勝。「伊藤市長」は盛んに故郷の魅力を発信している。

(「ふるさと駒ケ根の魅力を発信します!」とヤル気満々の伊藤祐三市長)

さて、その駒ケ根市には80歳を超えて現役という小田切善人さんが1966年6月10日に開いたニッカバー「河」がある。ステンドグラスのような「ひげの王様」の大きなパネルが飾られ、ほろ酔いで店を出ると、星空やアルプスと近くでつながる外気が体を包み込む「世界一魅力的なバー」である。いつか琢磨と祐三とともに、夜の神保町に異彩を放った名店を偲びつつグラスを傾けたい。

(時空を超えた駒ケ根市のバー「河」)
(駒ヶ根の駅前食堂で伊藤伊那男さんの著書を発見!)

【執筆者プロフィール】
城島徹(じょうじま・とおる)
1956年、東京生まれ。毎日新聞編集委員。社会部、アフリカ特派員、長野支局長、大阪本社編集局次長などを歴任。俳人では山口誓子、稲畑汀子、有馬朗人を取材。著書に『謝る力』(清水書院)、編著書に『いのちを刻む 鉛筆画の鬼才、木下晋自伝』(藤原書店)など。


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