神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第63回】三輪初子

わたしの中の「銀漢亭」

三輪初子
(「炎環」同人、「わわわ」句会代表)

コロナ禍の自粛のためか、「銀漢亭」が5月末に閉店すると知ったのは、なんと、店舗解体工事5日前の13日だった。せめてまだ姿ある看板や扉に、お別れをと急いだ。扉は近づくと陽炎のように翳んでいった。

「銀漢亭」の開店は17年前の2003年。「居酒屋のオヤジになったよ、よろしく」と、伊藤さんとまだお元気だった、奥様の笑顔を想い出す。

その頃私は、阿佐ヶ谷で夫と洋食店(チャンピオン)を営み、常連客でもあった「春耕」同人の伊藤伊那男さんの店に寄ることが、楽しみだった。

それから数年後の2007年、わが洋食店が、建物の老朽化の理由で突然立ち退きを宣告、無念の閉店に踏み切った。

そんな体験からの喪失感が言わせたのか、「銀漢亭」の混み合うある夜、「いつも忙しそうね、お手伝いしましょうか」と口にすると「おねがいしようかな」の伊藤さんの即答があり、毎週木曜日だけの従業員に変身するいきさつとなった。

経験者といえ、初心者の私をリードする御苦労をお掛けしたことは間違いない。そこは俳人どうしのよしみで、柔軟な伊藤さんのお人柄に甘えて、やり残し人生の舞台を賜わった6年有余に、心底感謝で一杯。

なにしろ、伊藤さんは結社「銀漢」を創立して主宰に。店内での句会は日常茶飯事。月一度の「湯島句会」は、超結社の俳人輩が綺羅星のごとく集まっていた。その輪に参加した苦しくも幸せな時代は、伝説となった。

又、吟行有志達と巡った吉野の桜、みちのくの螢。東日本震災地、気仙沼訪問体験等々。

なによりも、俳人協会賞受賞の伊藤さん、新人賞受賞の堀切克洋さんの感動的祝賀会は記憶に残る。「銀漢亭」の謳歌から数えきれない多くの出会いと、酌み交わした旨い酒と肴。

人間として俳人として成長へと導いてくれた、この感謝と労いを17本の薔薇の花束に込めて伊藤さんに贈られず心残りである。

皆さんの幸せと再会を心から祈って乾盃!

無観客の夏場所楽日四股踏みし 初子

(2013年撮影=中央の三輪初子さんから反時計回りに松川洋酔さん、池田のりをさん、伊藤伊那男亭主、堀切克洋)


【執筆者プロフィール】
三輪初子(みわ・はつこ)
北海道帯広市生まれ。1988年頃俳句を始める。「童子」「みす」「や」を経て、1996年「炎環」入会、のちに同人。2016年「わわわ」句会創刊。句集に『初蝶』(1992年)『喝采』(1997年)『火を愛し水を愛して』(2007年)。エッセイ集に『あさがや千夜一夜』(2017年)。現在、「炎環」同人、「わわわ」句会代表。現代俳句協会会員。


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