久留島元のオバケハイク

【連載】久留島元のオバケハイク【第3回】「雪女」


三日月の櫛や忘れし雪女

佐藤紅緑


小説家、劇作家でもあった佐藤紅緑の、時代物の一場面をみるような句。

この句は先日、東北若手俳句会「むじな」主催の勉強会(東北の先人の俳句を読もう)に参加して出会った句。佐藤紅緑は青森県弘前市出身、正岡子規の門弟で、一時期は虚子、碧梧桐、石井露月とあわせ子規門四天王とよばれ、サトウハチロー、佐藤愛子の父としても知られる。

雪女といえば、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが代表作『怪談』におさめた掌編が知られている。
二人連れの猟師が雪女に出会い、若い猟師は雪女を見たことを話すなという約束をして命を助けてもらった、のちに働き者で美しい嫁をもらい、子も生まれたが、ある夜、嫁があの夜の雪女に似ていると話してしまったため、嫁は約束を破った男をなじって姿を消したという話である。舞台は武蔵国西多摩郡となっており、東京都青梅周辺の民話をもとに執筆したことになっているが、現在ではむしろ、ハーンの掌編にもとづく雪女像が昔話として定着してしまっている場合も多い。

毎回おなじみの『百鬼夜行』に見られる雪女(左)

紅緑の句にも似た気配を感じなくはないが、もっと土着の民話に近い設定かもしれない。雪女やそれに類する妖怪は全国で語られていて、たとえば昔話の「つらら女」(つらら女房、しがま女房)などを想起してもいいだろう。

独身の男のもとに美しい女が来て嫁にしてほしいという。働き者で満足していたが、風呂を嫌がるのを無理に入れたところ、姿が消えて湯には女の櫛だけが浮かんでいたという。
https://kyodokan.exblog.jp/30382482/

語り方にもよるのだろうが、哀話とも笑話ともつかない話だ。翌年の冬に帰ってきたときに男が再婚していたので怒って男を殺したというパターンもあるらしい。果たして三日月の櫛を残して消えた雪女は、溶けて消えてしまったのか、それともまた冬には戻ってくるのだろうか。

雪女やつらら女の話は、パターンとしては狐女房や鶴女房(鶴の恩返し)のような異類女房型だが、異類との間に生まれた子が活躍したという話は聞かないし(陰陽師安倍晴明は狐の子と伝えられる)、恩返しでもない。どこか割り切れない、据わりの悪さが残る。

京都府の奥丹後に伝わる「雪んぼ」は、雪の夜にやってきて火にあたりたいと言って囲炉裏端で胸をはだけて火にあたるという。「雪んぼ」の体はは松ヤニと雪でできていて、火にあたってとけた乳房を人に投げ付けるのだという。
https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=0590009

溶けた体の一部を投げ付ける雪女。かなりのインパクトで、お化け好きの間でも話題にされている。本気で信じられていた話というより、夜なべや酒盛りの合間に、眠気ざましに語るホラのたぐいだったのではないか。

俳諧歳時記としては古い、北村季吟編『増山井』には、「雪女とは、山中の雪のうちにある化相の物なり」とある。また、曲亭馬琴がまとめた歳時記をもとに藍亭青藍が増補改編した『俳諧歳時記栞草』のなかでも

深山雪中、稀に女の貌を現す、これを雪女といふ。雪の精なるべし

と解説する。

これら俳諧語の雪女に近い話は、仮名草子『宗祇諸国物語』に登場する。

こちらのサイトでも原文、訳文がわかりやすく示されているが、越後(新潟県)に滞在していた宗祇が、二月のころ庭に巨大な「化女」の姿をみたという。土地の人によれば「それは雪の精、俗に雪女と言ふ者」であった。

挿絵の女性はやや不気味だが、文中では西王母やかぐや姫に例えているから神秘的な美しさだったのだろう。深雪ではなく早春に現れたのは何故かと尋ねたところ、「散らんとて花は麗しく咲き、落ちんとて紅葉する。灯の消えん時、光いや増すが如し」と回答があった。つまり消えようとするときにもっともその美しさがまさるということらしい。

宗祇諸國物語(新日本古典籍総合データベースより)

これは連歌師宗祇が旅の行く先々で奇話奇談に出会うという趣向の短編集で、著者は西村市郎右衛門、貞享2年(1685)刊行である。宗祇の実伝とは無関係の創作だが、江戸時代には芭蕉と弟子たちを主人公にした『芭蕉翁行脚怪談袋』という本も出ており、全国を旅する連歌師、俳諧師が、説話、怪談の目撃者・語り手(担い手)としてふさわしいと思われたようだ。

ただ、こうした話からは雪女は、「雪」の精霊である「女」という要素だけで、具体的な性質が共有されていたようには思われない。

言葉としての雪女は、すでに中世の語り物『をぐり』に、主人公の小栗判官が難癖をつけて花嫁候補を追い返すという場面に「色の白いを迎ゆれば、雪女見れば見醒めもするとて」送りかえす、などとある。雪の精だけに色白の形容に使われている。

ちなみに、ハーンが最初に接した雪女の話も、実は雪のなかに女の顔が浮かぶ、という程度の怪異だったらしい。ハーンはこの話を松江の滞在中に聞き、「別に人に危害を加える訳ではなく、口もきかないのですが、見た者は怖いのと寒いのでぞっとして身震いする」と伝えている。

また、廃曲になった能に『雪鬼』があり、これは河内国交野で大雪に降りこめられた旅の僧が里の女に助けられ、かつて在原業平と結ばれて都へ行ったが、春になると日の光で消えてしまった雪鬼の伝承を聞き、雪鬼の霊を弔うという話である。

『伊勢物語』古注釈などに「昔は雪の精も女になり」とあった伝承をもとに、室町時代末期に作られた能といい、女は谷間に降り積もった雪が凝り固まって魂を持ち、一途に人を思う執念の怖ろしさから「鬼」と呼ばれるという。むしろこちらのほうが雪女の名にふさわしいようだ。次の句などもむしろ「雪鬼」にもとづく内容だろう。

 雪女身もほろびなん春日かな 正村(談林俳諧集一・境海集)

雪の精にまつわる話が中世にどういった形で伝わっていたのか、今となってはわかりにくい。しかし雪女の名は俳諧師たちに愛され、句に詠まれてきた。

 雪女の化生(けしやう)道具か氷面鏡 長昌(貞門俳諧集一・崑山集)
 しらがある(うば)ぞまことの雪をんな 長頭丸(貞徳)
 見ぬ恋といふべきものや雪女 一重 (玉海集)

氷面の鏡で化ける女性に見立てたり、白髪頭こそ本当の雪女だと洒落てみたり、まだ見ぬ女性を恋い慕う気持ちを雪女に託してみたり、「雪」と「女」に掛けて、茶化している句が多い。

その通り、雪女とは、恐れるにしても、茶化して笑うにしても、結局のところ「雪」の白さ、美しさに掛けて男性たちが作り上げた「女」の虚像にすぎない。妖怪譚としての内容は、あまりないのである。能や俳諧、またハーンの名作を通じて、あまりにもその名が有名になったものの、あくまで俗っぽい、人間的な男女の関係性を感じさせてくれる、雰囲気重視の化け物なのだ。

だからこそ雪女は現代でも愛され、詠まれ続ける、俳人好みの化け物になったのだ。

  雪女郎に恋はありけり寒椿  中勘助
  雪女その夜の月のすさまじき  真鍋呉夫
  牛乳のちょっと混じった雪女  塩見恵介

【参考文献】
伊藤龍平『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』国書刊行会、2016
西野春雄「能面「雪鬼」考」『能楽研究』31, 2007.07
牧野陽子「「雪女」の”伝承”をめぐって : 口碑と文学作品」『成城大學經濟研究』201, 2013
牧野陽子「ラフカディオ・ハーン『雪女』について」『成城大學經濟研究』105,1989


【執筆者プロフィール】
久留島元(くるしま・はじめ)
1985年兵庫県生まれ。同志社大学大学院博士後期課程修了、博士(国文学)。元「船団」所属。第4回俳句甲子園松山市長賞(2001年)、第7回鬼貫青春俳句大賞(2010年)を受賞。共著に『関西俳句なう』『船団の俳句』『坪内稔典百句』『新興俳句アンソロジー』など。関西現代俳句協会青年部部長。京都精華大学 国際文化学部 人文学科 特別任用講師。


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