体育+俳句【スポーツと俳句】

「体育+俳句」【第3回】畔柳海村+サッカー


体育+俳句
【第3回】
花と咲くより根となれ

畔柳海村(「銀漢」同人)


爽やかに蹴球の徒の散りにけり  山口貴士


審判の吹く、長いホイッスルが鳴って、90分間の試合が終わった。勝った側も、負けた側も互いの健闘を称え合い、それぞれのサイドに分かれていったというのが掲句の意であろう。爽やかにという切り出しが、スポーツの持つ醍醐味の一端を的確に捉えている。

だが、いつもこうとは限らないのが敗者の気持である。忘れもしない昭和35年(1960)12月4日、我々のチームは、武蔵野競技場で行われた全国高校サッカー選手権大会東京都予選の決勝戦で延長戦の末、1―2でT高校に敗れた。この前年には、東京都代表として国体にも出場し、この予選でも1回戦から準決勝までの5試合すべてを相手に1点も取られることなく順調に勝ち進んでいただけに、決勝での敗退は大いにショックで、チーム全体の試合後の呆然自失の状況を60年以上経った今でもまざまざと思い出すことができる。皆無言のまま、風が冷たい競技場の土手でユニフォームを制服に着替え、その足で、日本を訪れていたソ連のロコモチフ・モスクワと日本代表の試合を国立競技場へ観に行ったのだが、観戦中も誰ひとり口を開かずだまって試合を見続けた。敗戦の尾を引いたままで、とても爽やかとは言えぬ「散りよう」であった。スタンドの観客はまばらで、その試合に日本代表は完敗した。

第14回国民体育大会東京代表の記念写真。後列左から4番目が筆者。

当時のサッカーは他のスポーツに比べるとマイナーな時代で、前述東京都代表の決勝戦ですら応援は十人足らずで、今では想像もできない日陰の存在であった。たまたま筆者の母校は早くから蹴球に熱心で、校内体育でも人気の種目であったので、部員数も揃い、どちらかと言えばメジャーなスポーツであったが、一歩外ヘ出れば世は野球全盛の時代で、だれもサッカーなどに興味はもっていなかったのである。

だが世界に目を向ければ、当時から競技人口も人気も最も高いのはサッカーで、日本と世界の差は開くばかりであった。それを打破すべく、日本蹴球協会は初の外国人コーチとしてドイツ人のデットマール・クラマー氏を招き日本のサッカーの一からの立て直しを図った。それは明らかに日本のサッカーに革命をもたらす出来事で、それを端緒として徐々に力をつけ、64年の東京オリンピックでの8強、68年のメキシコオリンピックでの銅メダル、93年のJリーグ発足を経て、98年のワールドカップ初出場、02年のワールドカップ日韓共同開催へと繋がっていったのだ。その後の日本サッカーの発展ぶりは誰もが知るところで、いまやサッカーは押しも押されもせぬメジャーなスポーツに成長したのだ。

サッカー界のすそ野が広がり、よく知られるようになると、サッカーというスポーツの持つ独特の価値観も見直されるようになってきている。かつては、少年サッカーでゴールキーパーをやるように言われた子ががっかりしていたという話をよく聞いたものだが、今ではそんなことはなく、世界の強豪チームでの花形キーパーの存在を知って、いまやキーパーというポジションは子供たちの間でも人気である。

それはキーパーだけの話ではなく、サッカーとはプレイヤーの全員がヒーローになれるスポーツだ。ポジションは決まっていて、もちろんそれぞれの責任分野はあるが、試合の中では攻守が目まぐるしく変化し、バックスも攻撃に参加し、フォワードもゴールを守ることがあるのがサッカーなのだ。もちろん点を取らなければ勝てないから、得点は最重要で、ストライカーはいやでも注目される。しかし、どういうプロセスで得点に結びついたのかも得点と同様に大切なのである。シュートを打つ前のパスを誰がどこから出したか、そのボールをどうやって相手から奪ったかなど、すべてのプレーが最後のシュートに繋がってゴールは生まれるのである。「花と咲くより根となれ」―我々の時代の「蹴球の徒」が忘れなかった言葉だ。

昭和34年の試合の一齣。縦縞のユニフォームが筆者のチーム。

ところで、サッカーを詠んだ俳句が極めて少ないのに対してラグビーが多く詠まれているのは何故だろうか。ラグビーはラガーと共に季語として確立しており、名だたる俳人もラグビーの句を残している。かく言う筆者も冬になればごく自然にラグビーの句を詠む。一方、サッカーは詠みたいけれどなかなか詠めないのが正直なところだ。この違いは何に由来するのだろうか。観ていても、ラグビーの球の動きはほぼ判るのに対して、サッカーは予測がつかない。ラグビーはスクラムやラインアウトなどのセットプレーが多く、プレーが止まる場面が多いのに対し、サッカーは始めたら最後、ゴールそばのフリーキックの時を除いてほとんど止まらない。野球などは、サッカーに比べたら殆ど止まっているような競技だ。俳句は動き続けるものを読むのが苦手なのではないか。止まっているものにこそ観察が働き、発見があり、詩嚢が働くのではないか。そうしたことを考えると、これからもサッカーは詠まれにくく、あと50年経っても季語にはならないだろうと思えてくるのだ。

何年か前、所属する結社の句会で筆者は〈重ね着の四万八千天皇杯〉という句を出した。これは、毎年元旦に国立競技場で行われるサッカー天皇杯の決勝戦を詠んだもので、その句は句座を囲む句友の一人である元サッカー少年に向けたものだった。当然採ってくれると思っていたがいざ披講になると、選から漏れていた。自分としては、彼に絶好のパスを出したつもりだったのだが、ゴールには繋げてもらえなかった。句会の後で、何故採ってくれなかったのかと責めたのだが、パスが悪かったのだと自己反省したのであった。


【執筆者プロフィール】
畔柳海村(くろやなぎ・かいそん)
1943年東京生。「銀漢」同人。俳人協会会員。第一句集『マダンの風』(北辰社 2016年)。中学高校時代にサッカーに没頭。卒後OBのクラブに所属して75歳までプレー。ポジションはウイング。


【体育+俳句のバックナンバー】
>>【第2回】西山ゆりこ+ダンス
>>【第1回】菊田一平+野球



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