小燕のさヾめき誰も聞き流し
中村汀女
今日は6月最初の金曜日。今週初めに梅雨入りしたかと思えば急に晴れたり、また台風が来るなど、安定しない天気である。
そんな中で、東京の某駅を歩いていたら、構内の真ん中に立ち入り禁止の四角いエリアがあり、「燕が子育て中なので注意」と書かれていた。そのエリアにまだら模様のフンが散らばっていたので、見上げると駅構内を見張る監視カメラの上に燕の巣があった。巣の中に燕の子が4羽いて、親燕が低空飛行しながら近づき、上昇しながら監視カメラの前を横切り、その上の子燕の口へ餌を運んでいた。燕の子は羽を広げる仕草を何度かしていたのでもう巣立ちが間近なのだろう。監視カメラは細く滑りやすい材質なのに、よくその上に巣を作ったものだと感心しながら観察していた。
小燕のさヾめき誰も聞き流し 中村汀女
この句のように、確かに、駅を行き交う人達は小燕のさざめきを誰も気にしていない。ただ、フンが落ちてくると堪らないので、そこだけは気にする。この汀女の句は、小燕は小燕、人は人の空間があり、互いに干渉せずとも共存する世界を描いているように思う。
ホームページには、「なぜそこに作ったし。奇妙な場所に作られた鳥の巣ミステリー」というタイトルで、不思議なところに作った鳥の巣の写真が載っている。例えば、「信号機」。赤信号の前に燕が巣を作っている。親燕が赤信号の前で小燕へ餌付けするので、赤信号が見え辛いが、燕にとってはお構いなしだ。次に「車のワイパー」。おそらく、廃車のアウディなのだろう。リアワイパーの上に白い卵が3個ほど見え、親鳥が温めようとしている。さらに「ゴルフシューズ」。これは状況がよくわからないが、ゴルフシューズの左足に卵が五つ産み落とされている。ゴルフが終わって乾燥のためにシューズを外に置いておいたら、卵を産み付けられてしまったのか。「巣箱があるのにあえて上に」。何故か巣箱の上に巣を作っている。巣箱の中には別の鳥が巣を作っているので遠慮したのか。さながらマンションのようだ。「監視カメラの上」。やはりここが定番の場所なのか。滑り落ちずにしっかりした巣を作っている。
最寄りの駅前に店子のよく変わる店があるが、その軒先に毎年決まって燕の巣ができる。ただ今年は巣のできるタイミングを過ぎて、もうできないのかなと思っていたら、今週初めから急ピッチで完成していた。まだ、空の巣で何も動きがないようだが、これから卵を産み、子育て、巣立ちすることを想像すると毎日の観察が楽しみである。ただ、出勤途上なのでスーツを汚さないように注意せねば。
では、良い週末を!
【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。
【塚本武州のバックナンバー】
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>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ 三木
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>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな 片岡奈王
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>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く 瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
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>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
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>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之
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>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ 久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく 上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ 伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中 後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー 下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
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>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
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>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
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