ひきつゞき身のそばにおく雪兎
飯島晴子
「ひきつゞき」というのは、「雪兎が解け去ってからも」の意と思われるが、それにしてもこの改まった言い方には力がこもっている。そして「身のそばにおく」というのも、自分自身の持つ引力の届く範囲内に、無理やり抑え込んでいるような意志を感じる。
晴子はこの句について次のように述べている。
言葉の雪兎は、盆の上で瞬く間に消え失せる実物の雪兎であると同時に、雪の中を永遠に自由に跳びはねている白兎でもある。実物の雪兎の消え易さ、たあいなさが逆に、雪兎の存在を永遠に、確かなものにするのかもしれない。(傍点筆者)
以前紹介した「言葉桐の花は」と同様に、ここでも「言葉の雪兎」と「実物の雪兎」とを対比させている。傍点をふった雪兎は、当然「言葉の雪兎」のことだろう。掲句は比較的平明ではあるが、ここでは、晴子の言う実物と言葉との違い、そして本意への批判ということをさらによく理解するために、一句を分解していこうと思う。
「言葉の雪兎」の中には多くの情報が、それぞれに関わり合いながら存在している。例えば「消え易い」という性質は、雪そのものの質感にも関係するし、冷たく硬質な雪兎に対して、温かく柔らかいいわゆる兎のイメージも想起され、塗盆と野原の違いをも思わされる、といったように本意に含まれる様々な項目が互いにつながりを持っているのである。掲句では、多くの情報の中から「消え易い」という性質を抽出して、これに拮抗することで俳句として成立しているのである。本意への批判の方法自体はわかりやすすぎるとも言えるかもしれない。ただし、前述のように「消え易い」という性質は、「言葉の雪兎」に含まれるその他様々な情報と結びついているために、それ一つが批判されただけで、その他様々な情報も連動して微妙に動くのである。「動く」と曖昧にしたのは、変容してしまう情報もあれば、他の情報との関係性が変わる、あるいは情報間の重みづけが変わるにとどまる情報もあるからだ。
掲句の場合、「消え易い」という性質が拮抗されることによって「言葉の雪兎」の本意はどのように動くだろう。まず、雪兎よりもいわゆる兎のイメージの占める割合が大きくなる。それに伴い、雪兎のその場にとどまって解ける様子に対して、いわゆる兎の躍動的に逃げる様子が前面に出てくるだろう。そうなると、「身のそばにおく」と言わざるを得ない力が「言葉の雪兎」の中に生まれる。一方で、「身のそば」としたことで野原よりも塗盆のイメージが鮮明になる。雪兎といわゆる兎との間ではいわゆる兎寄りに、塗盆と野原では塗盆寄りになるという矛盾は、一句の世界に複雑さをもたらす。さらに、いわゆる兎とていつかは死ぬのであるが、「ひきつゞき」という言葉によって、「言葉の雪兎」が、いわゆる兎とはまた異なる次元に押し上げられ、永遠の雪兎が定着する。永遠に身のそばにとどまり続ける雪兎の強靭さは、本意に含まれる要素のネットワークに支えられているのである。
(小山玄紀)
【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員
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