ハイクノミカタ

吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子【季語=春の野(春)】


吾も春の野に下りたてば紫に

星野立子

先日、縁あって星野椿先生の句会に参加した。高士先生に以前から折折お世話になっていることもあり、椿先生にもずっとお会いしてみたかった。鎌倉虚子立子記念館で昼からの句会だったので、大好きな長谷寺を吟行して、生しらす丼を食べて、ただただ最高の気分で句会場に向かった。

幹事の小助川駒介さんに「すこし早く来て椿先生とお話されるといいですよ」と言っていただいていたので、1時間ほど早く着いた。句会場を探してうろうろしていたら、展示室にゆきついた。虚子や星野家の短冊や写真がたくさんありすごいところだった。椿先生は記念館の奥の居間兼作業部屋のようなところにいらした。お世話の方が2人ほどいるのみであった。

ご挨拶すると、「よく来たわね、おかけになって」となんと早速椿先生じきじきにおもてなしをしてくださった。それまでみなさんで召し上がっていたチーズとフルーツトマトを分けていただいた。チーズを美味しそうに召し上がる椿先生を見ていると、僕の頭の中ではリトル加藤一二三が出てきてむしゃむしゃとチーズを食べたのだった。

高士先生の話、小野あらたさんの話、虚子や立子の話、長谷寺の話。いろいろ聞かせてくださった。しばらくすると椿先生は「お兄ちゃん食べるものないじゃない、おにぎりあげて」と仰り、おにぎりをいただいた。いや、あの、椿先生、もうけっこうお腹いっぱいなんですよ笑

そうこうすると句会の時間になり、同じ建物の句会場に移動した。20人くらいの句会で、玉藻以外からも参加者があった。司会の駒介さんを中心に終始和やかに行われた。椿先生はたくさん採られて、お採りの句には端的にテキパキと選評を仰った。選評の時間が終わると、「〇〇さん今日はいかがでしたか?」といろんな参加者にお話を振っていらした。ひとりひとりを大切になさるお姿に、椿先生の魅力が詰まっていた。

そういえば、僕が高士先生を尊敬するところのひとつに、人をよく覚えてらっしゃるというところがある。玉藻会員であれば、名前・地域・筆跡(・顔)を覚えてらっしゃると聞いてたまげたことがある。今回そのことを参加者の一人に伺ったら、「名前のない投句葉書は高士先生に訊くと作者がわかるんです」と言っていたから本当なのだろう。

僕もお会いするたびに「おー、ケンタ!」と声をかけてくださることを考えると、高士先生は玉藻の外でも人の顔や名前は相当の人数覚えてらっしゃるに違いない。玉藻の方曰く、椿先生も高士先生と同じく多くの人を覚えてらっしゃるらしい。たしかに、さっき「お兄ちゃん」と呼ばれていたのが、句会の終わる頃には「ケンタさん」と呼んでくださっていた。

句会のあとはその場でお酒を飲みながらの二次会。椿先生のそばでいろんなお話を伺えた。虚子に叱られた話など、虚子の話がやはり面白かった。椿先生は今は月に5回程度句会をされているほか、玉藻の選句欄・新聞の選句欄・各地の俳句大会などの選句業務を日々こなされているそうだ。

椿先生は乾杯のワインのほかにビールも飲む二刀流っぷりを発揮、お食事もよく召し上がった。ここまであえてご年齢は書かずにきたが、御年94歳、失礼ながら信じられないくらい若い方だった。

吾も春の野に下りたてば紫に 立子

掲句、句会場の壁に立子直筆の書が飾ってあった。「野」の位置の字が「生」と「登」の間のような字に見えたので、ひょっとしたらはじめは「春の生(よ)」だったのを推敲したのかと思って椿先生に訊いてみたら、崩し字ということだった。

かくして偶然「生」の推敲に出会ったわけだが、そこではっとした。そういう憑依というか、天から下りてくる感覚に気づかされたのだ。接地の瞬間に紫色になる超現実的な魅力もある。書を通じて、立子の自由自在さをあらためて見せつけられた思いである。

板倉ケンタ


【執筆者プロフィール】
板倉ケンタ
1999年東京生。「群青」「南風」所属。俳人協会会員。第9回石田波郷新人賞、第6回俳句四季新人賞、第8回星野立子新人賞。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子

【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子
>>〔4〕とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰
>>〔5〕誰も口にせぬ流氷の向かうの地 塩崎帆高

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 美校生として征く額の花咲きぬ 加倉井秋を【季語=額の花(夏)】
  2. 大風の春葱畠真直来よ 飯島晴子【季語=春葱(春)】
  3. 春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子【季語=春雷(春)】
  4. ひきだしに海を映さぬサングラス 神野紗希【季語=サングラス(夏)…
  5. 噴水に睡り足らざる男たち  澤好摩【季語=噴水(夏)】
  6. 泥棒の恋や月より吊る洋燈 大屋達治【季語=月(秋)】
  7. こすれあく蓋もガラスの梅雨曇 上田信治【季語=梅雨曇(夏)】
  8. どれも椋鳥ごきげんよう文化祭 小川楓子【季語=椋鳥(秋)】

おすすめ記事

  1. 【冬の季語】冬眠
  2. 来て見ればほゝけちらして猫柳 細見綾子【季語=猫柳(春)】
  3. 【新番組】ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【予告】
  4. 耳立てて林檎の兎沈めおり 対馬康子【季語=林檎(秋)】
  5. 東京の白き夜空や夏の果 清水右子【季語=夏の果(夏)】
  6. 【冬の季語】鮟鱇
  7. サマーセーター前後不明を着こなしぬ 宇多喜代子【季語=サマーセーター(夏)】
  8. 目つぶりて春を耳嚙む処女同志 高篤三【季語=春(春)】
  9. 海底に足跡のあるいい天気 『誹風柳多留』
  10. 雲の中瀧かゞやきて音もなし 山口青邨【季語=瀧(夏)】

Pickup記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第68回】堀田季何
  2. 「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉【季語=林檎(秋)】
  3. 膝枕ちと汗ばみし残暑かな 桂米朝【季語=残暑(秋)】
  4. カルーセル一曲分の夏日陰  鳥井雪【季語=夏日陰(夏)】
  5. 天女より人女がよけれ吾亦紅 森澄雄【季語=吾亦紅(秋)】
  6. 【春の季語】朧
  7. 産みたての卵や一つ大新緑 橋本夢道【季語=新緑(夏)】
  8. 【春の季語】蝶生る
  9. 紀元前二〇二年の虞美人草 水津達大【季語=虞美人草(春)】
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第124回】髙坂小太郎
PAGE TOP