ハイクノミカタ

虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣【季語=春(春)】 


虎の上に虎乗るや筥いじり)

(永田耕衣

永田耕衣の俳句を読んでいると、なにか珍しい骨董品を見ているような感覚に陥ることがある。

私は骨董品に詳しいわけでもないけれど、手にとっていろんな角度から、ただ眺めてみたくなるのだ。

丁度、掲句の「筥いじり」のように。

書画にも通じている耕衣には骨董の趣味もあることを知り、一人少し納得した。

耕衣の芸術的側面と言語感覚に、独自の「東洋的無」の思想が加わり、耕衣の俳句はだれも真似できない世界を創り上げている。

掲句についても正直にいうと、私の力では鑑賞し難く、虎と筥の字の美しさもあり、ただ眺めていたい句の一つだ。

「虎の上に虎乗る春」とは虎の交尾のことだろうか。

春の光のなかで、虎の金色の大きな体が重なっている様を思うとなんともいえない艶っぽさと眩さがある。

問題は下五の「筥いじり」だ。

筥を調べてみると、「はこ、まるいはこ。穀物や野菜を入れる。」「竹で編んだ丸いはこ」などの意味があるが、「筥」が一体何のはこなのか、なんのために「筥」をいじっているのかは分からない。

耕衣の句には、同じ「筥」の字を使った句がいくつかある。

韮の芽や餅の粉な附く空文

紅梅や筥を出て行く空気の珠

筥は、何かを入れるためのものであるが、どちらの句も中身は入っていないようだ。そして、季語の力もあるのだろうが、筥に不思議な魅力がある。

筥におさめられることが美しいのか、筥自体がうつくしいのか。

耕衣にはいくつか気に入ったモチーフがあり、繰り返し使われる言葉がある。

「餅」もそのうちの一つだ。

餅食えば数個の橋の迫るかな

晩年や画餅を餅に起こすうぐいす

晩年や雪採れば餅近づきぬ

ちょっとした目出度さもある庶民的な餅が、句に滑稽味をもたせているようにも思うが、餅が何かの象徴であると言えるほど耕衣の句は分かりやすくない。

耕衣自身もきっと答えなどもっていないのだろう。

掲句の「筥」も「餅」同様に特別な意味はないのかもしれないが、愛着のあるものとしていじっている様子はやはりエロティシズムがあり、虎の交尾と同じように何かとても幸福な時間のように思えるのである。

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ 星野麥丘人【季語=花ミモザ(春)…
  2. 東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎【季語=東風(春)…
  3. 川を見るバナナの皮は手より落ち 高濱虚子【季語=バナナ(夏)】
  4. 日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子【季語=新樹(夏)】
  5. ぼんやりと夏至を過せり脹脛 佐藤鬼房【季語=夏至(夏)】
  6. 妹は滝の扉を恣 小山玄紀【季語=滝(夏)】
  7. どれも椋鳥ごきげんよう文化祭 小川楓子【季語=椋鳥(秋)】
  8. 山桜見て居ればつく渡舟かな 波多野晋平【季語=山桜(春)】

おすすめ記事

  1. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【1】/高部務(作家)
  2. 【秋の季語】二百十日/厄日 二百二十日
  3. 鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし 三橋鷹女【季語=鞦韆(春)】
  4. 極月の空青々と追ふものなし 金田咲子【季語=極月(冬)】
  5. 夏帯にほのかな浮気心かな 吉屋信子【季語=夏帯(夏)】
  6. 野崎海芋の「たべる歳時記」 七草粥
  7. 魚は氷に上るや恋の扉開く 青柳飛【季語=魚氷に上る(春)】
  8. 【書評】広渡敬雄『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店、2021年)
  9. 毛皮はぐ日中桜満開に 佐藤鬼房【季語=桜(春)】
  10. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2022年12月分】

Pickup記事

  1. 寒卵良い学校へゆくために 岩田奎【季語=寒卵(冬)】
  2. 一番に押す停車釦天の川 こしのゆみこ【季語=天の川 (秋)】
  3. 寒いねと彼は煙草に火を点ける 正木ゆう子【季語=寒い(冬)】
  4. 賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎【季語=賀客(新年)】
  5. 春泥を帰りて猫の深眠り 藤嶋務【季語=春泥(春)】
  6. 節分や海の町には海の鬼 矢島渚男【季語=節分(冬)】
  7. 人妻ぞいそぎんちやくに指入れて 小澤實【季語=磯巾着(春)】
  8. とれたてのアスパラガスのやうな彼 山田弘子【季語=アスパラガス(春)】
  9. 秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ 小池康生【季語=秋うらら(秋)】
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第9回】今井麦
PAGE TOP