ハイクノミカタ

冷やっこ試行錯誤のなかにあり 安西水丸【季語=冷やっこ(夏)】


冷やっこ試行錯誤のなかにあり

安西水丸))


久しぶりに図書館へ出かけた。目当ての本は置いていなかったけれど、せっかく来たのだからと館内をぶらぶらするうちに詩歌のコーナーに行き当たった。コーナーと言っても、詩、和歌短歌、連句、俳句それに川柳がほぼ一つの棚に収まっているだけで大変慎ましい。詩以外のジャンルは指南書や解説書、評論が多くを占めていて個人の作品集は僅かなものである。もう少し充実させてほしいなぁと思いながら背表紙を目で追っていたら『水丸さんのゴーシチゴ』なる書名が飛び込んで来た。水丸さん、即ち安西水丸。イラストレーターとして活躍したが八年前に亡くなった。その名に覚えがない人でも、村上春樹の小説やエッセイの表紙なら見かけたことがあるかもしれない。彼の人気が出だしたのは1980年代で、その頃『ビックリハウス』という雑誌に載ったちょっとエッチな漫画を読んだことがある。というか、確かコミックを一冊くらいは持っていた気がする。1982年に発売された松任谷由美のアルバム『パールピアス』の歌詞ブックレットも忘れがたい。画面を横切る一本の水平線にさまざまな小物を配するのが水丸スタイルというべきもので、配色のセンスがとても洒落ていて、描かれる題材も可愛くてユーモラスでいながら、ちょっと寂しさみたいなものも漂う。とまぁ、つまり私は安西水丸のイラストが好きなんです。その安西水丸が俳句を作るという話はどこかで耳にしたような気はするけれど、句集が出ていたとは。嬉しい驚きが棚から引っ張り出した。縦横15センチに満たない小さな本だ。開くと、1ページ毎にイラストに1句ときに2句が添えられている。いや、その逆かな。カラフルな俳句絵本またはイラスト集といった趣だ。

掲句はそのなかのひとつ。さて、どう読めばいいのだろう。上五で切れば、トライアル&エラーばかりの人生のとあるひと時に冷奴と対峙している、ということか。暗中模索五里霧中のゴタゴタ日常と、白一色直線のみの輪郭で成り立つ冷奴の単純明快とが対照的だ。いやいや実は一句一章で、冷奴が試行錯誤されているのかしらん。主人公の恋人が冷奴に何を乗せるか、中華風?イタリア風?いっそスイーツ?と帽子をあれこれ試すように明るくはしゃぐ姿を詠んだのかもしれない。そして、この句には灯台の置物のイラストが添えられている。白い壁を白い螺旋階段が巡り、階段の手すりと灯台の屋上は濃緑だ。灯台の白は冷奴に通じるし、螺旋階段は成功への試行錯誤のメタファーと捉えることが出来る。ううむ、するとこれは芸術作品を生み出すことについてのクリエーター俳句?イラストを手掛かりに謎を解くような読みが出来るのも楽しい。そうそう、言い忘れました。俳句とイラストのコンビネーションがまた洒脱なのだ。てっきり本人が組み合わせたものと思っていたが、解説を読んで、安西水丸が参加していた「ぴあ句会」を指導していた平山雄一氏が俳句を選び、イラストレーションをマッチングさせたのだと知った。序文からも追悼句集とは知れていたのに、まんまと乗せられた。でも、こうしたマッチングは作者本人に如何にセンスがあろうとも親しい第三者の方が客観的な仕事が出来るのだろう。

安西水丸ファンならずとも、開けば明るい気持ちになる句集だ。借り出したその日にもう返却するのが惜しくなっている。

『水丸さんのゴーシチゴ』 ぴあ 2018年より)

太田うさぎ


【この句が入っている句集はこちら↓】

【今日の一句の作者】
安西 水丸(あんざい・みずまる)
1942年生まれ。1970年代より小説、漫画、絵本、エッセイや広告など、多方面で活躍したイラストレーター。広告代理店や出版社に勤めたのち、嵐山光三郎の勧めで「ガロ」に漫画を掲載、南房総で過ごした日々などを題材とした『青の時代』が高い評価を受ける。 独立後は、村上春樹をはじめとする本の装丁や『がたん ごとん がたん ごとん』などの絵本、和田誠との展覧会、広告や執筆活動など、幅広く活躍。ユーモラスでやさしいそのイラストはいまもファンが多い。2014年3月19日に惜しまれつつも逝去。


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔87〕まはすから嘘つぽくなる白日傘   荒井八雪
>>〔86〕蛇の衣傍にあり憩ひけり      高濱虚子
>>〔85〕夏場所の終はるころ家建つらしい   堀下翔
>>〔84〕捨て櫂や暑気たゞならぬ皐月空   飯田蛇笏
>>〔83〕詠みし句のそれぞれ蝶と化しにけり 久保田万太郎
>>〔82〕黒服の春暑き列上野出づ      飯田龍太
>>〔81〕自転車の片足大地春惜しむ     松下道臣

>>〔80〕春日差す俳句ポストに南京錠     本多遊子
>>〔79〕蜆汁神保町の灯が好きで       山崎祐子
>>〔78〕うららかや帽子の入る丸い箱     茅根知子
>>〔77〕春満月そは大いなる糖衣錠       金子敦
>>〔76〕夕空や日のあたりたる凧一つ     高野素十
>>〔75〕シャボン玉吹く何様のような顔     斉田仁
>>〔74〕鳥の恋漣の生れ続けたる                            中田尚子
>>〔73〕浅春の岸辺は龍の匂ひせる     対中いずみ
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子

>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
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>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
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>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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