ハイクノミカタ

とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子【季語=春灯(春)】 


とぼしくて大きくて野の春ともし)

(鷲谷七菜子

なにもないような空を見て俳句が詠めたらいいなと時々思う。
たいていぼんやりと時間が過ぎるだけなのだが。
子供の頃、遊んだ帰り道や公園は特別な遊び道具があるわけでもなかったが楽しかった。自然には恵まれていた。同じように俳句がつくれたらなと思うこともある。

掲句は、鷲谷七菜子の第二句集『銃身』より。
鷲谷七菜子の俳句は、眼前にありながら言葉にされなかったものが言葉になってあらわれてくる。
研ぎ澄まされた精神と細やかに選ばれた言葉が眼前に迫ってくる。
決して特別な場所や物、事柄が詠まれているわけではない。
『銃身』は、鷲谷が写実の道に進みはじめた句集であるが、あとがきを読めば、簡単に言葉にされてきたわけではないことが分かる。
ものを見ることの一途さから、鷲谷の見た景色を見ているのか、鷲谷の精神に触れているのか分からなくなってくるほど、精神性が却って強く表れている句集のようにも思う。
写実の道を目指した鷲谷自身がそれを望んでいたのかどうかは分からない。

掲句も、書かれている情景は野と灯りのみ。
客観写生とは異なるものの、春の灯というものをまっすぐに詠んでいる。

夜の野の果てしなさは春の灯を大きくし、
心もとない暗闇のなかの灯りは、とぼしくても安堵をもたらす。

ことばそのものが春の灯のように佇み、読むものをやさしく照らす。

同じ野に立った時、私には何が見えて何を言葉にできるだろうか。

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の水曜日☆おやすみでした】

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


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