ハイクノミカタ

牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎  


牡丹ていっくに蕪村ずること二三片)

(加藤郁乎
『牧歌メロン』1970年

本日は加藤郁乎の句を取り上げる。掲句は蕪村の「牡丹散つて打ち重なりぬ二三片」を踏まえたパロディであろう。「蕪村ずる」という動詞化も「牡丹ていっく」という音の構成も非常にユニークな句である。代表的な前衛俳句の作家である。こういった言葉遊びも17音という俳句ならではのことなのだろう。牧歌メロンはこういった攻めの俳句が収録された句集となっている。

今日は、加藤郁乎の話ではなく、加藤郁乎に影響を受けた「とある翻訳家」の話をしたい。

その翻訳家とは、北海道根室市生まれの柳瀬尚紀氏(2016年に逝去)である。競馬好きの方はご存知かもしれないが、中央競馬の新馬戦の呼称を「メイクデビュー」と名付けたのは、柳瀬先生である。

彼の翻訳は、語呂合わせなどの言葉遊びを駆使した独自のスタイルであり、当時翻訳不能と言われたジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』を独自の造語を用いつつ完訳した(※『フィネガンズ・ウェイク』では、ジョイス語と呼ばれる独自の表現が多く使われており、日本語に翻訳することが限りなく不可能だった)。この時、柳瀬先生が参考にした本が加藤郁乎の『牧歌メロン』であったそう。言われてみれば、「郁乎語」といっても良いくらいの表現が多く用いられた句集である。

私の実家は、酒屋(※酒造りではなく、酒販店)を営んでいる。あちこちに配達を行っており、幼少期は父に同行して回っていた。そんな中の一軒が、柳瀬尚紀先生のご自宅であった。父がビールケースを、私が煙草1カートンを持って配達をしていた。何よりも楽しみにしていたのは、柳瀬先生の愛猫「トロ」ちゃんに会うこと。気まぐれな猫ちゃんで出てきてくれる時と出てこない時があったのを覚えている。私は、2015年に俳句と出会ったわけだが、その報告をした時も「文芸は面白いんだぞ」と喜んでもらったことを記憶している。

柳瀬氏の著書に『猫舌三昧』というエッセイ集がある。朝日新聞に長らく連載されていた柳瀬氏のエッセイを1冊にまとめたものである。その中に、「トロ」(P198~P200)というエッセイがある。そう、先生の愛猫「トロ」に関するエッセイである。トロちゃんの由来は、トロ競馬から来ているそう(※トロ競馬とは、フランスの競馬の一種で速歩のレース。人間でいう競歩のようなもの)。無類の競馬好きでもある柳瀬先生ならではの名付けだ。

そのエッセイの中にこんな記載がある。「酒屋さんの愉快な坊やが、ときどき配達についてくる。「猫ちゃんは??ねえ、猫ちゃんどうしてる?」。トロを紹介した。「とろ?とろけるのかなあ」。トロの名が不思議らしい。幼稚園児がどうして「とろける」という言葉を知ったのか、こちらはそれが不思議だ。」

そう、この酒屋の愉快な坊やは、私のことなのである。言葉のチョイスを大層褒められたことを幼いながらに覚えている。先生は、この時から文芸の道に踏み入れることを予見していたのだろうか。今となっては分からないが、当時5歳の私の証が刻み込まれている1冊なのである。小学生になってから本が好きになったのも、先生のおかげである。先生が翻訳している「ロアルド・ダール」シリーズをいただき、たくさん読んだ。私の語彙の根幹には柳瀬先生の翻訳があるのかもしれない。そんな懐かしい思い出を振り返りつつ、22日にはついに第一句集「氷湖いま」が発売される。

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鈴木総史

引用:『猫舌三昧』 柳瀬尚紀 朝日新聞社 2002年

※ロアルド・ダールシリーズで著名な翻訳作品は、『チョコレート工場の秘密』(ロアルド・ダール 評論社 ロアルド・ダールコレクション5 2005年)など


【執筆者プロフィール】
鈴木総史(すずき・そうし)
平成8年(1996)東京都生まれ、27歳。
北海道旭川市在住。3月より島根県松江市へ引越予定。
平成27年(2015)3月、「群青」入会。櫂未知子と佐藤郁良に師事。
令和3年(2021)10月、「雪華」入会。
令和4年(2022)、作品集「微熱」にて、第37回北海道新聞俳句賞を受賞。
令和5年(2023)1月より、「雪華」同人。
令和5年(2023)、連作「雨の予感」にて、第11回星野立子新人賞を受賞。
令和6年(2024)3月に、第一句集『氷湖いま』を上梓予定。
現在、「群青」「雪華」同人。俳人協会会員。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子

【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


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