湯の中にパスタのひらく花曇
森賀まり
掲句を一読して思い出したのは、初谷むいのこの短歌。
どちらの作品にも「パスタ」と「花曇り」が共通して登場するのは、茹で汁のうっすらとした濁り方が花曇り(桜の咲く頃の曇天)の様子と似ているからだろう。
森賀まりの俳句では、「パスタのひらく」が桜の開花する様を連想させて美しい。ぼんやりと漂う雲とその奥に透けて見える桜を、天上から見下ろしているかのようだ。
初谷むいの短歌では、最後の「わからんように」という口ぶりがややおどけているようで、その実本気でパスタを心配しているような、本当は自分が泣きたいのに代わりにパスタに泣いてもらっているような、切実さとおかしみがある。
とは言えそもそも、パスタを茹でる時に塩を入れる必要はないとの説もある。塩を入れることで麺に下味が付いたり、コシが出たりという効果はあるものの、極めて小さな効果であるため、塩はあってもなくてもほとんど同じであるとのこと。実際、私はいつも塩を入れずに茹でているが、特に何の支障もない。ひょっとしたら初谷むいの短歌はそれを踏まえた上で「いや、塩を入れる必要はある。なぜなら……」と独自の主張をしているのだろうか。
固く乾いていたパスタが、湯の中でこっそり泣いてやわらかくなる。では、固く乾いてしまった人は、どこでこっそり泣けばよいのだろう。花曇りの時期は、海に行くにはまだ早い。
(西生ゆかり)
【執筆者プロフィール】
西生ゆかり(さいしょう・ゆかり)
1984年福井県生まれ。「街」同人。第1回街未来区賞、第3回円錐新鋭作品賞白桃賞、第3回新鋭俳句賞(俳人協会主催)準賞、第68回角川俳句賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして 原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
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>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
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【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
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>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音
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【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
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>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり 夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
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