ハイクノミカタ

河よりもときどき深く月浴びる 森央ミモザ【季語=月(秋)】


河よりもときどき深く月浴びる()

森央ミモザ


〈月〉は秋の季語。月は一年中見られるが、ただ月といえば、秋の月を指す。それは澄み切った秋の空に上る月が、一番明るく大きく照りわたるから。

俳句を作る人ならば、初学のうちに必ず知ることである。作る人でなくても、秋には月見をする習慣がある日本人にとっては、「月といえば秋」という感覚はおのずと備わっていて、納得できるだろう。

秋の〈月〉、と聞いて最初に思い浮かぶのは、やはり「十五夜」。秋は初秋8月(旧暦7月)、仲秋9月(旧暦8月)、晩秋10月(旧暦9月)の3ヶ月だが、「十五夜」といえば、仲秋9月(旧暦8月)の、つまり仲秋の名月のことを指し、単に「名月」ともいう。同様に単に「満月」「望月」といえば、9月(旧暦8月)のものを指す。

今年の「十五夜」つまり「名月」は、9月21日(アメリカは20日)。現在使用している新暦、つまり太陽の巡りをもとにした太陽暦のもとでは、日付、たとえば今年の21日と、十五夜が合わないが、かつて使用していた旧暦つまり、太陰太陽暦は、月の満ち欠けを元にしていたので、どの月も、1日には「(ついたち)」(月立(つきた)ちの音変化、新月とも)、3日には「三日月」、15日には「十五夜」つまり「満月」というように、日付が月の満ち欠けを表していた。(歳時記では慣例で「十五夜」「名月」「満月」「望月」は同じとしているが、天文学的にいうところの「実際の満月」の日付は、旧暦の「十五夜」である「名月」の日付より、1日から2日遅れることが多い。今年は8年ぶりに、仲秋の名月と満月と同じ日付になる。)

そんなこともあり、現在よりも〈月〉は、より人の生活に密着していたであろうことは、〈月〉の名前の数の多さからも想像できる。ことに仲秋の〈月〉の名前は多い。例えば十五夜まで満ちてゆく月を「(のぼ)り月」、その中でも十五夜の前夜、旧暦八月十四日の夜の月を「待宵(まつよい)」と呼んだ。満月(望月)の前日で少し小さいので「小望月(こもちづき)」ともいう。十五夜を過ぎて欠けてゆく「(くだ)り月」といい、その中でも、旧暦八月16日の月を「十六夜(いざよい)」、17日の月を「立待月(たちまちつき)」、18日の月を「居待月(いまちつき)」、19日の月を「臥待月(ふしまちつき)」、20日の月を「更待月(ふけまちつき)」と呼び、日毎に出の遅くなる〈月〉をも待ちわびた。さらには、たとえ目に定かに見えなくとも、雲の夜の名月を「無月」、雨の夜の名月を「雨月」と呼ぶことも、〈月〉を深く愛おしむ古人の心情を今に伝えている。

ふと、他の国、例えば筆者の住むアメリカではどうなのだろう、と思いネットで調べてみるうちにネイティブアメリカン(北アメリカ先住民)の満月というサイトを見つけた。とても素敵なので、そのサイトから各月の満月の名前を以下に続ける。(()内は筆者による。)

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1月:「ウルフムーン」Wolf Moon(狼満月)

2月:「スノームーン」Snow Moon(雪満月)

3月:「ワームムーン」Worm Moon(ミミズ満月)

4月:「ピンクムーン」Pink Moon(シバザクラ満月)

5月:「フラワームーン」Flower Moon(花満月)

6月:「ストロベリームーン」Strawberry Moon(いちご満月)

7月:「バックムーン」Buck Moon(牡鹿の角満月)

8月:「スタージョンムーン」Sturgeon Moon(チョウザメ満月)

9月:「ハーベストムーン」Harvest Moon(実りの満月)

10月:「ハンターズムーン」Hunter’s Moon(狩人満月)

11月:「ビーバームーン」Beaver Moon(ビーバー満月)

12月:「コールドムーン」Cold Moon(寒満月)

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古くから、北アメリカの先住民族ネイティブアメリカンは、主に季節と結びついた動物や植物の名前をつけて月ごとの満月を呼んでいたようだ。日本も北アメリカもともに北半球に位置し、季節の巡りが同じこともあり、なかなか共感できるところが多い。もうこのまま歳時記入りできそうだ。

それぞれに趣があって表情豊かな満月たち。読者の皆さんの感性に響く呼び名はあっただろうか。

さて、満月といえば、もう一つ、ご紹介したいユダヤの祭がある。

太陰太陽暦(日本でいう旧暦)に従うユダヤ人。秋の収穫の季節に新年を迎え、林檎と蜂蜜を食べ、林檎と蜂蜜のように甘くて良い年(Good and Sweet Year)を願いお祝いする。太陽暦(グレゴリオ暦、日本でいう新暦)の元では毎年日付が移動し、今年は9月6日の日没時にユダヤ暦5782年を迎えた。ちなみに、ヘブライ語で新年は、年の頭を意味するロシュ・ハシャナ(Rosh Hashanah)。そして、新年から10日目のヨム・キプール(贖罪(しょくざい)の日)にて断食を終えたのち、15日目から始まるのが「仮庵(かりいお)の祭り」という祭りだ。

この祭りはスコー(Sukkot)とも呼ばれる。スコー(Sukkot)とはヘブライ語で仮庵(かりいお)のこと。ユダヤ人の祖先がエジプト脱出のとき荒野で放浪したことを記念し、祭りの間は木の枝で仮設の家(仮庵(かりいお))を建てて住む。ユダヤ人の多いニューヨークでは、この時期、街のいたるところで、この仮庵(かりいお)を見ることができる。

お気づきのことと思うが、「仮庵(かりいお)の祭り」は、毎年、9月(旧暦8月)の満月のころ、今年は、9月20日の日没から27日まで、つまり、日本の仲秋の名月のころに行われているのだ。

人々は夜毎集まり、歌を歌い、寝食を共にし、お互いの健康と命あることに感謝する。仮庵(かりいお)の木の枝を通して差し込む月光を浴びながら祝うこの祭り。日本人が〈月〉を愛でる風情とどこか通じるものを感じる。

国や人種を超えて息づく〈月〉の存在感がここに見えてくる。

さて、いよいよ掲句である。

 河よりもときどき深く月浴びる

大きくて水量の豊かな河に月明かりが惜しみなく降り注いでいる。大自然の只中で〈河よりもときどき深く月〉の光を〈浴び〉ている動作の(ぬし)が、時代を遡って太古の人々のように思えたり、さらには人に限らず、例えば、大地や石や木々の精霊に思えたりする原始的で神秘的な雰囲気が魅力的だ。

さて、「満月」、「十五夜」、または「名月」までの一週間。今年の〈月〉は、どんな表情を見せてくれるだろうか。

その表情を楽しむとともに、今年は地球上の日本以外の「満月」にも思いを馳せてみてはいかがだろうか。

海程創刊50周年記念アンソロジー

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino



【月野ぽぽなのバックナンバー】
>〔49〕あめつちや林檎の芯に蜜充たし    武田伸一
>>〔48〕ふんだんに星糞浴びて秋津島     谷口智行
>>〔47〕秋の日の音楽室に水の層        安西篤
>>〔46〕前をゆく私が野分へとむかふ     鴇田智哉
>>〔45〕品川はみな鳥のような人たち     小野裕三
>>〔44〕直立の八月またも来りけり       小島健
>>〔43〕麻やはらかきところは濡れてかたつむり 齋藤朝比古
>>〔42〕麻服の鎖骨つめたし摩天楼      岩永佐保
>>〔41〕水を飲む風鈴ふたつみつつ鳴る    今井肖子
>>〔40〕みすずかる信濃は大き蛍籠     伊藤伊那男
>>〔39〕大空に自由謳歌す大花火       浅井聖子
>>〔38〕ぼんやりと夏至を過せり脹脛     佐藤鬼房
>>〔37〕こすれあく蓋もガラスの梅雨曇    上田信治
>>〔36〕吊皮のしづかな拳梅雨に入る     村上鞆彦
>>〔35〕遠くより風来て夏の海となる     飯田龍太
>>〔34〕指入れてそろりと海の霧を巻く    野崎憲子
>>〔33〕わが影を泉へおとし掬ひけり     木本隆行
>>〔32〕ゆく船に乗る金魚鉢その金魚     島田牙城
>>〔31〕武具飾る海をへだてて離れ住み    加藤耕子
>>〔30〕追ふ蝶と追はれる蝶と入れ替はる   岡田由季
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨

>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



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