ハイクノミカタ

水を飲む風鈴ふたつみつつ鳴る 今井肖子【季語=風鈴(夏)】


水を飲む風鈴ふたつみつつ鳴る()

今井肖子


〈風鈴〉は、蒸し暑い夏に涼感を与えてくれる日本の夏の風物詩。金属やガラスなどで作られた鈴で、風通しの良いところに吊るしその音色を楽しむ。

日本の実家には南部鉄の〈風鈴〉があった。蒸し暑い夏に、風に鳴る風鈴の音は心地よく、確かに涼しく感じたものだ。

ではなぜ、〈風鈴〉の音は涼しく感じるのだろう。同じ疑問を持つ人は多いらしく、ネットで検索すると、それに関するサイトがたくさん見つかった。

人間が温度を感じるのは、皮膚表面にある「温度神経細胞」が気温を感知して脳に伝えているからであり、本来は〈風鈴〉の音などの聴覚の刺激が温度感知に直接影響するわけではないが、日本では古くから夏に〈風鈴〉の音を聞く機会が多く、〈風鈴〉が鳴るときは、風が吹いていて涼しい、という度重なる経験を通して、たとえ風が吹いていなくても、〈風鈴〉の音を聞くだけで風が吹いていると脳が勘違いし、涼しいと感じるという条件反射を身につけている、という。そんなわけで、なんと〈風鈴〉の音を涼しいと感じるのは日本人(日本の文化の中で生まれ育った人)独特のもの、というのだ。

そういえば、アメリカには、似たようなもので、木・ガラス・金属などの小片を幾つか、互いに接近させてつり下げ、揺れると音が鳴る仕掛けの、ウィンド・チャイム(Wind chime)があるが、夏に涼感を得るためのものではないようだ。

日本の文化の中で身につけた、無意識的に働くこの機能、蒸し暑い日には、意識的に利用して涼感を得ない手はない。

さて、「花もまた」(角川学芸出版、2013年)より、とびきり涼しい〈風鈴〉の掲句を。

水を飲む風鈴ふたつみつつ鳴る

〈水を飲む〉その人に〈風鈴〉の音が聞こえてきた。〈ふたつみつつ鳴る〉だから、強い風ではなく、肌を撫でるくらいのちょうどいい風だろう。火照る体を水が通ってゆく爽快感と風鈴の音の清涼感が重なり、この上なく心地よい夏のひとときが生まれた。

句中の動作の(ぬし)となって、実際に〈水を飲〉み〈風鈴〉を鳴らして、掲句を体験してみるのもいい。または、言語によって(ここでは掲句を読むことによって)その体感を想像することで、実際にそれを体験しているかのように勘違いする愛しい脳の恩恵にあずかってみるのもいい。たとえ目の前に、飲む水がなくても、鳴る風鈴がなくても、掲句を思い出し声に出してみよう。心に涼感が溢れてくるのを感じてみよう。

*風鈴については、以下のサイトを参考にした。
風鈴の音を聞くと涼しく感じるのはなぜ?効果と理由を調査
風鈴の音を聞くと涼しく感じるのはなぜ?

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔40〕みすずかる信濃は大き蛍籠     伊藤伊那男
>>〔39〕大空に自由謳歌す大花火       浅井聖子
>>〔38〕ぼんやりと夏至を過せり脹脛     佐藤鬼房
>>〔37〕こすれあく蓋もガラスの梅雨曇    上田信治
>>〔36〕吊皮のしづかな拳梅雨に入る     村上鞆彦
>>〔35〕遠くより風来て夏の海となる     飯田龍太
>>〔34〕指入れてそろりと海の霧を巻く    野崎憲子
>>〔33〕わが影を泉へおとし掬ひけり     木本隆行
>>〔32〕ゆく船に乗る金魚鉢その金魚     島田牙城
>>〔31〕武具飾る海をへだてて離れ住み    加藤耕子
>>〔30〕追ふ蝶と追はれる蝶と入れ替はる   岡田由季
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨

>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 洗顔のあとに夜明やほととぎす 森賀まり【季語=ほととぎす(夏)】…
  2. 白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉【季語=白魚(春)】
  3. 復興の遅れの更地春疾風  菊田島椿【季語=春疾風(春)】
  4. 時雨るるや新幹線の長きかほ 津川絵理子【季語=時雨(冬)】
  5. 女に捨てられたうす雪の夜の街燈 尾崎放哉【季語=雪(冬)】
  6. 一燈を消し名月に対しけり 林翔【季語=名月(秋)】
  7. 数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石【季語=数へ日(冬)】
  8. 眼前にある花の句とその花と 田中裕明【季語=花(春)】 

おすすめ記事

  1. 【毎日更新中!】ハイクノミカタ
  2. 【夏の季語】緑蔭
  3. 【連載】新しい短歌をさがして【17】服部崇
  4. 鶏鳴の多さよ夏の旅一歩 中村草田男【季語=夏の旅(夏)】
  5. 【冬の季語】冬帽
  6. 「野崎海芋のたべる歳時記」ガレット・デ・ロワ
  7. 【夏の季語】金魚
  8. 東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人【季語=冴え返る(春)】
  9. 除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟【季語=除草機(夏)】
  10. クリスマスイヴの始る厨房よ    千原草之【季語=クリスマス(冬)】

Pickup記事

  1. 【新年の季語】どんど焼
  2. 露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦【季語=金魚(夏)】
  3. 鶯に蔵をつめたくしておかむ 飯島晴子【季語=鶯(春)】
  4. 「野崎海芋のたべる歳時記」ガレット・デ・ロワ
  5. 未婚一生洗ひし足袋の合掌す 寺田京子【季語=足袋(冬)】
  6. 【冬の季語】春待つ
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第32回】筑紫磐井
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第20回】竹内宗一郎
  9. 「野崎海芋のたべる歳時記」卵のココット
  10. 夏蝶の口くくくくと蜜に震ふ 堀本裕樹【季語=夏蝶(夏)】
PAGE TOP