【冬の季語=三冬(11月〜1月)】風邪/風邪の子 感冒 流行風邪 流感 風邪声 鼻風邪 風邪心地 風邪籠 風邪薬 風邪の神
【解説】Covid-19が出始めたころ、普通の風邪でも「コロナウイルス」のときがあるんだよ、と言われてはっとしました。たしかに、風邪薬などのコマーシャルで見る「ウイルス」のイメージには、トゲトゲがたくさんついていますからね。オナモミなどの「ひっつき虫」が服にいつしかつくように、ウイルスも人間の体にひっつくわけで。見えないけど、とても物理的。喉が「いがいがする」だなんて、そこにウイルスがひっかかってるわけではないけど、身体的にはなかなかに面白い表現ですよね。
ヒトに感染するコロナウイルスには「ヒト呼吸器コロナウイルス」(229E,OC43,NL63,HKU-1)というのがあって、これに2002年の「重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス」、2012年の「中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス」、そして2019年末の「新型コロナウイルス」があるそうで、ウイルスの進化が早くなっているのが現代。人口増加にともなう環境破壊が一因ともいわれていて、まさしくはやりの「人新世」というかんじ。
世の中には「馬鹿は風邪を引かない」ということわざ(?)がありますけれど、これは本当に風邪を引かないということではなく、引いていても気づかないという意味。そういう点では、無症状だけど菌を媒介してしまう先のCovid-19は、まさしく。昨今の、SNSアカウントのっとりの「コンピュータウイルス」にもなにやら似ている。
風邪にもいろいろあって、たとえばフランスでは寒くなると「ガストロ」という胃腸炎が流行します。「感冒性胃腸炎」「腸感冒」などという呼び方も。「感冒」は「かんぼう」と読み、一般的には「呼吸器系の炎症による病気」のことを指します。
通常の風邪は、「普通感冒」と呼ばれ、この原因となるものは、コロナもありますが、一番多いのはライノウイルスというもの(8割くらいはこれ)。あまりに種類が多すぎて、治療薬を開発するのは無理なので、「予防」するしかないわけです。
あとは何といってもインフルエンザ。大きくA・B・C型の三つがあり、新型が出回ることもあるものの、重症化しやすいので、ワクチンはなるべく打つようにしましょう。インフルエンザは長いので、俳句では「流感」という言葉を使うことが多いです。「流行性感冒」の略称です。
しかし逆に、人間の世界から「風邪」がなくなってしまったら、どうなるでしょうか。専門家ではないので想像ですが、きっと免疫力をつける機会が減ってしまって、人間はいまよりも脆い存在になってしまうかもしれません。もちろん、重症化しては元も子もないですが、ウイルスだって「生きる」のに必死なわけで、「人間VSウイルス」みたいにプロレス的な構図を作ったところで、おそらく何もいいことはないでしょう。人間もウイルスも生き続ける。それが地球。
それに、たまには風邪を引いて「ぼーっ」とするのも、案外悪くないものです。もしかしたら、浮かばなかったアイデアがぱっと浮かぶかもしれないし、世界の色や手触りもいつもと違って見えたり感じられたりするかもしれない。忘れていた人のやさしさが強く感じられて、人にやさしくなれるかもしれない。案外、風邪をひいているときのほうが、人間は「人間らしく」生きている、とさえいるかもしれません。
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ 穂村弘(『シンジケート』)
【関連季語】嚏、水洟、咳、春の風邪(春)、夏風邪(夏)など。
【風邪】
死ぬること風邪を引いてもいふ女 高濱虚子
あきらめしうつろ心に風邪ひきぬ 林原耒井
おもふこと遠くもなりぬ風邪に寝て 臼田亞浪
月のものありてあはれや風邪の妻 森川暁水
ほつれ毛を噛みて起きをり風邪の妻 森川暁水
風邪の母うつろなる眼を灯に移す 下田実花
この子亦髪伸びてきて風邪らしも 京極杞陽
風邪声に妻呼ぶ遠き人のごとし 大野林火
風邪の身の錆びたるレール跨ぎけり 榎本冬一郎
風邪髪の櫛をきらへり人嫌ふ 橋本多佳子
壁うつす鏡に風邪の身を入るる 桂信子
風邪の身にながき夕ぐれきたりけり 桂信子
装ひてしまひて風邪の顔ありぬ 田畑美穂女
風邪寝われ止りし時計に見下ろされ 菖蒲あや
妻がいふ風邪の我儘許しけり 上村占魚
風邪の身の大和に深く入りにけり 波多野爽波
風邪ときゝ流しもならず電話する 高濱年尾
風邪熱の下がりてもとのみじめさに 右城暮石
久方の麻生病院院長風邪 塚本邦雄
風邪衾かすかに重し吾子が踏む 能村登四郎
風邪の夢ときをり雲を踏み外す 藤田湘子
鬼平が好きな老人風邪引かず 尾村馬人
絵屏風を立てて風邪寝の部屋らしく 八田木枯
岬にて颯爽と風邪ひきにけり 大牧広
風邪抜けてゆく山川に日潤ひ 矢島渚男
頬杖の風邪かしら淋しいだけかしら 池田澄子
悪性の風邪こじらせて談志きく 高田文夫
午後五時のもう真つ暗の風邪寝かな 本井英
風邪引いて卵割る角探しをり 田中哲也
似顔絵の唯一似たる風邪の髪 対馬康子
風邪引いて昼の長さよ隅田川 岩田由美
風邪ひいて木星の重さだろうか 五島高資
【風邪の子】
風邪の子の餠のごとくに頬豊か 飯田蛇笏
風邪の子や眉にのび来しひたひ髪 杉田久女
風邪の子が空泳ぐ魚あまた描く 長谷川双魚
風邪の子に屋根の雪見え雀見え 細見綾子
風邪の子の熱退けばすぐさわがしき 野澤節子
風邪癒えて忽ち利かん気の子なり 望月清彦
風邪の子を抱く火の玉を抱くごとし 杉浦すゞ子
風邪の子のついでのおじやもらひけり 小島健
風邪の子を抱きゐる母も熱ありげ 三村純也
風邪の子の獣のごとく眠りをり 神谷信子
起き出して遊べる風邪の子どもかな 長谷川櫂
風邪の子の暗きところでよく遊ぶ 岸本尚毅
風邪の子に燈を暗うして月の影 岩田由美
風邪の子をふうつと掴みそこねけり 森賀まり
【感冒】
舌先に感冒錠をかぞへけり 清水良郎
【流行風邪】
はやり風邪下着上着と骨で立つ 村井和一
風邪はやりはじめの町のぬるき風 大西朋
【流感】
医師迎ふ仔豚の顔や流感期 堀口星眠
蘂包む百合流感の都心まで 津田清子
流感の熱き乳房に乳溜る 山口超心鬼
ひゞ走る流感一家のうすき餅 穴井太
邪馬台国がどこであろうと流行性感冒 池田澄子
【風邪声】
風邪ごゑを常臥(とこふ)すよりも憐れまる 野澤節子
風邪声で亭主留守です分りませぬ 岡田史乃
【鼻風邪】
フランスへ行きたい風邪の鼻音である 原子公平
モジリアニから鼻風邪をうつされる 細井啓司
【風邪心地】
ひとごゑのなかのひと日の風邪ごこち 桂信子
洋蘭の真向きを嫌うかぜごこち 澁谷道
風邪ごこち鳳仙花の種とりつくし 大木あまり
均一の古書を漁りて風邪心地 遠藤若狭男
あれこれと言葉尽くされ風邪心地 ふけとしこ
蹼(みづかき)の吾が手に育つ風邪心地 奧坂まや
天井は月面図なり風邪心地 川上弘美
ペン先をペンへ引つ込め風邪心地 野口る理
【風邪籠】
くらがりに灯を呼ぶ声や風邪籠り 村上鬼城
たちまちにあられ過ぎゆく風邪ごもり 桂信子
【風邪薬】
風邪薬服して明日をたのみけり 中村汀女
店の灯の明るさに買ふ風邪薬 日野草城
晩学の机にこぼす風邪薬 齋藤千代子
みづうみの名前のやうな風邪薬 櫂未知子
風邪薬しゃりんと振って残業へ 野口裕
へらへらと生まれ胃薬風邪薬 瀬戸正洋
【風邪の神】
風邪の神打たばやと豆炒らせけり 石川桂郎
目をかるくつむりてゐたる風邪の神 今井杏太郎
魚ごころ静ごころなく風邪の神 徳重千恵子
【インフルエンザ】
娘さんインフルエンザ車内に撒く 松崎鉄之介