冬の季語

【冬の季語】マスク

【冬の季語=三冬(11月〜1月)】マスク

【ミニ解説】

演劇におけるマスクの歴史は、古代ギリシャにまでさかのぼります。古代ギリシャ演劇は、屋外の大劇場で演じられていて、なんといっても最大50人ほどの合唱隊が見もの(聞きもの?)でした。当時は、コロスと呼ばれており、英語のコーラスの語源となっているものです。

一方で、戯曲を演じる「俳優」たちは、仮面(マスク)をかぶっていました。使用後は、神様(ディオニュソス)に捧げられたので現存はしていないのですが、祭儀にはとても重要な役割をになっていたようです。ギリシア語では、仮面を「ペルソナ (persona)」と呼ぶのですが、とどのつまり、「自分以外の人間=ペルソナ」に変身するための道具が、マスクだったというわけです。

そんなわけで、しばしば古代ギリシャ劇は、やはり「合唱隊=地謡」をもつ日本の能と比較されたりもします。能でもシテ方がマスクをかぶって、「役」を演じます。

いずれにしても昔の演劇は、いまでいう映画やアニメのようなメディアだったのかもしれません。限られた道具のなかで、幽霊とか神様とか、超越的なものを表すために、観客のイマジネーションを掻き立てなければならないところ、その手っ取り早い道具がマスクだったというわけです。

しかし、現代の「マスク」は、これと反対の方向を向いているようにも思えます。なぜなら、自分の中に侵入してくる何者かをシャットアウトして、自己の生命や健康を維持するための道具が、マスクにほかならないからです。自分以外のものに変化するためではなく、自分自身を保つためのマスク。そうそう、虚子には〈マスクして我と汝でありしかな〉があります。


【マスク(上五)】
マスクして我と汝でありしかな 高濱虚子
マスクして我を見る目の遠くより 高濱虚子
マスクして彼の目いつも笑へる目 京極杞陽
マスクしてしろぎぬの喪の夫人かな 飯田蛇笏
マスク新し身に匂ふものこれのみに 能村登四郎
マスク白くいくさに夫をとられきぬ 加藤楸邨
大きなマスク息温かに人の喪ヘ 田川飛旅子
マスクして砕氷船のごと進む 林翔
マスクとる熔接工の眼が枯色 穴井太
マスクして人の怒りのおもしろき 上野さち子
マスクして人に逢ひ度くなき日かな 稲畑汀子
マスクしてものを一直線に見る 山田弘子
マスクするたび耳朶は生え変る 宇多喜代子
マスクして自分の顔を取りもどす 小倉通子
マスクしてものを言ふ口ありにけり 行方克巳
マスクして他人のやうに歩く街 山田佳乃
マスク押し進めるように歩む人 千倉由穂

【マスク(中七)】

失業をしてゐるマスクかけにけり 吉岡禅寺洞
新しきガーゼのマスク老婦人 京極杞陽
度外れの遅参のマスクはづしけり 久保田万太郎
口紅のなじみしマスクかくるかな 久保田万太郎
純白のマスクを楯として会へり 野見山ひふみ
腹の立つ人にはマスクかけて逢ふ 岡本眸
みじろがず白いマスクの中にいる 梶大輔
ランジェリー売場をマスクして過る 斉田仁
江の島へ立体マスクして手ぶら 柳生正名
咳こぼすマスクの中の貌小さし 吉田鴻司
真夜中の大きなマスクの中のかもめ 攝津幸彦
哺(ふく)ます乳マスクの上の目だけで見る 竹中宏
正面の顔にマスクの大きかり 茅根知子
築地もはやマスクの中の凪ぎごこち 大塚凱

【マスク(下五)】
福耳を引つぱってゐるマスクかな 下村非文
美しき人美しくマスクとる 京極杞陽
悲しみの目のきは立ちしマスクかな 老川敏彦
鞄抱き終電がへりマスクして 小澤實
逢ふときは目をそらさずにマスクとる 仙田洋子

【マスク(二枚重ね)】
マスクしてマスクの人に目敏しよ 宮坂やよい
吊革のマスクに隣る吾もマスク 相子智恵

【マスクを使ってるけど他の季語】
あらたまの春のマスクや楽屋入 久保田万太郎
初詣マスク清らにかけにけり 吉屋信子
早咲きの梅にマスクを掛けぬ日々 赤尾兜子
豊年のけぶりの中にマスクして 岸本尚毅
春ひとり仮面(マスク)のコロナ映画館 大野泰雄
おののくやマスクあまねく受験生 青山ゆりえ


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