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銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女


銀座明るし針の踵で歩かねば

八木三日女
(『赤い地図』昭和38年)

銀座は不思議な街である。デパートやブティックの賑わう日中、日本有数の歓楽街と化す深更。どこか静謐な雰囲気の漂う明け方と、めまぐるしく姿を変える。当然人も多いが、有楽町や新橋、築地といった周辺の街が持つエネルギッシュさとはやや毛色が違う。街全体にどこか気品があるというか、格調を感じる。銀座を作り上げてきた人たちのプライドか、あるいは人々の憧れがそうさせたのかはわからないが、とにかくそういった街なのだ。

銀座明るし針の踵で歩かねば
八木三日女
(『赤い地図』昭和38年)

掲句は銀座だが、三日女は関西の、それも大阪・堺の俳人である。

先週ご紹介した島津亮と同時期に『夜盗派』などで活躍した三日女。そのキャリアの初期は〈初釜や友孕みわれ瀆れゐて〉〈例ふれば恥の赤色雛の段〉〈蛸を揉む力は夫に見せまじもの〉など句で知られている。女性性を読者が意識せざるを得ない強烈な句群でありながら、鈴木しづ子や橋本多佳子らとは異なる独特なシニカルさも感じられる。

昭和三十二年ごろからのいわば「前衛期」の有名句は〈満開の森の陰部の鰓呼吸〉〈黄蝶の危機ノキ・ダム創ル鉄帽ノ黄〉などであろうが(エロスの発露が鮮烈な〈満開の〉句だが、実は水族館に行った時に見つめた魚の鰓を素直に書いた句であったと自解している)、自分は掲句のような句に秘められた三日女の魅力を味わいたい。

銀座の明るさや眩しさをどこか恐れつつ、いっぽうでどこか楽しみつつ歩くその足取りには幼さすら感じる。堺も商人の街ではあるが、ニュアンスの違う「明るさ」を前にして文字通り浮き足立つ姿は、初めて街に出た少女のようにも見えてくる。

こうした純度の高い句は、後年になるとさらに洗練されていく。〈カーテンの波間啼き啼き啼き千鳥〉〈吊り橋りゃんりゃん鈴虫しゃんしゃん頭昏れる〉〈落ちるにじむ椿じめじめ魔女の靴〉など(りゃんりゃん…?)、さまざまな試行を経て三日女の句はひとつの円熟へと向かっていった。

与謝野晶子に傾倒し、「晶子をうたう会」の代表世話人も務めた三日女。堺・泉州地域を掘り下げる地域誌『堺・泉州—泉州やさかい、そや堺』(なんとすばらしいタイトル!)から印象的なエピソードを取り上げて、今日はおしまいとしたい。

こう見てくると、晶子をうたう会は、単に晶子の詩に曲をつけて歌っているコーラス団体ではなく、晶子の歌や作品や生き方を考えると共に、その歌や詩を歌い、そして現代女性の生き方(すなわち男性の生き方をも)を活動の中で問い続けているグループなのだということがわかってくる。そして俳人でありながら晶子に関わる八木さんの生き方も理解できるのである。堺に生まれ、堺高女(現泉陽高)から大阪女子医専(現関西医大)を出て市大で博士号取得。俳人、医師、晶子をうたう会などの中で八木さんの中心は?とお尋ねすると、「私の本当の職業は主婦よ」。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。


【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


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