萩にふり芒にそそぐ雨とこそ久保田万太郎【季語＝萩・芒（秋）】

萩にふり芒にそそぐ雨とこそ

久保田万太郎

いよいよ今回で九月・十月の短期集中連載も終了だ。機会を与えて頂いた堀切さんに深く感謝している。

最後に何を書こうと考え始めると難しくて、色々悩んだが、大好きな栃木のことから書きすすめていこうと決めた。すぐに話が逸れそうだが。

まずは栃木の秀句から。

下野や風雨いよいよ栗林　鈴木真砂女
透きとほる時が去りゆく下り簗　平畑静塔　（『栃木集』所収）
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり　阿部完市
栃木かな春の焚火を七つ見て　西村麒麟　（曰く、湯西川での句とのこと）

私事ながら、俳人協会栃木県支部にて事務局長を拝命している。私より適任の人ばかりなのだが、若さを買ってのご指名だと思っている。支部長に前田普羅研究家でもある平手ふじえ句集『山籟』 | 泉俳句会 (izumihaikukai.org)を戴き、次長にAmazon.co.jp: 毛の国の―星野乃梨子句集 : 星野乃梨子、及び: 本膝抱いて | 星　揚子 |本 | 通販 | Amazon、会計に初桜 | 幸子, 岡田 |本 | 通販 | Amazonという事務局で諸先輩方に甘えながら、なんとか仕事に慣れるべく必死である。至らぬ所ばかりで、いつもフォローして頂いている。　

もちろん、支部活動には本部の支えが不可欠だ。令和五年度総会には、本部より俳人協会理事で「春燈」の鈴木直充主宰shuntoo.sakura.ne.jpをお招きした。その演題は「久保田万太郎の俳句―自分を詠む、人を詠むー」であった。写生によるのではなく、自分を詠むこと、人を詠むことで抒情の理念を貫いたと論じられた。

傘雨忌のあさき眠りや青すだれ　鈴木直充

さて掲句。ご存じの通り、萩も芒も秋の七草の一つである。

萩には「降る」、芒には「注ぐ」くらいの雨。これらは作者が同時に見られる範囲内において降り注ぐ雨なのであろうが、作者は花によって違いがあることに気がついて詠みとめた。

萩も芒も同時に存在するのは人里にやや近い花野だろうか。風に揺れて銀色に波打つ芒。その花穂が雨を受け流しながら跳ねるようであるから「注ぐ」雨となるのだろう。萩は落葉低木であり、小さくも気品のある秋を代表する花だ。「降る」雨に花が濡れて、こぼれている様まで想像できる。

また「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」（山上憶良、万葉集・巻八・一五三八）により、萩・芒（尾花）は、秋の七草の上から二つであり、花野の萩・芒以外のそれぞれの花をそれぞれの様に濡らしていく雨を思い浮かべたい。

句の眼目は「とこそ」である。単純に読めば「思へ」が省略されていると解するが、何が省略されているかを読者が自由に想像できる点がよい。雨が作者に感覚と感情の潤いを、さらに高揚感をもたらし、作者は口から出たフレーズをそのまま詠みとめた。自らの感覚を詠むという点において万太郎らしさが現れている。

念のため比較すると、他に「とこそ」で終る俳句に、高濱虚子の「どかと解く夏帯に句を書けとこそ」、福永耕二「髪黒し梯梧の花を挿せとこそ」がある。これらの句はいずれも、「とこそ」の後に上五に戻ると読める。つまり、虚子句は「夏帯に句を書けと」どかと解くのである。耕二句は「梯梧の花を挿せと」髪黒し、という関係に立つ。

これに対し、万太郎句は戻るべき上五がない。

それは例えば短歌の例における「寂しみて生けるいのちのただひとつの道づれとこそ酒をおもふに」（若山牧水）や「小傘とりて朝の水くむ我とこそ穂麦あをあを小雨ふる里」（与謝野晶子）などの「とこそ」以下が省略されているようなものである。

実験的に牧水歌の「酒をおもふに」を省いてみれば、各人にとって大事なものが読者の脳裏に浮かび上がる構造であることがわかるはずだ。「とこそ」が読み手の想像に委ねる効果を生んでいる。深い余情を生んでいるのである。

やはり話が逸れた。秋を惜しむかのように、遠くからサライが聞こえてきた。最後に宣伝を。

栃木は海こそないが、東京から新幹線で約五十分と近い一方で、野趣もある。三方を山々に囲まれ、その風土は私の血肉の一部分を間違いなくなしている。苺・餃子・梨・生乳などの生産量・消費量が多い。日光・那須・益子等の観光地を有する。

何？行ったことが無い？人生を損しているので、是非に一度はおいでませ。

そういえば、来年二月四日には

公益社団法人俳人協会・俳句文学館：催し物：栃木県支部賀詞交歓俳句大会 (haijinkyokai.jp)

が開催される。投句をしたい方はまだ間に合うので、リンク先から連絡をください。投句用紙を喜んで送ります。鈴木太郎「雲取」主宰の「森澄雄の旅の季語について」の講演はとても楽しみだ。

　ひろびろと田起しの雨近江なり 　森澄雄
　雨上がる干潟に母を置いてきし　鈴木太郎

（伊藤幹哲）

【執筆者プロフィール】
伊藤幹哲（いとう・まさのり）
昭和六十三年宇都宮市在住。「馬醉木」同人。俳人協会幹事（栃木県支部事務局長）。第十二回北斗賞、俳人協会第五回新鋭俳句賞・第七回新鋭評論賞準賞、第三十六回村上鬼城賞新人賞。第一句集に『深雪晴』（文學の森）。

【伊藤幹哲さんの第一句集はこちら！】

◆伊藤幹哲氏は宇都宮市在住、大正11年創刊の俳句結社「馬醉木」に所属して日々研鑽を積む34歳、二児の父でもあります。白日へまばゆき鷹を放ちけり　挨拶はなし春闘の席に着く　月のいろ宿す金魚を掬ひけり　踏台の子と歯を磨く夜涼かな　秋燕や光あつめて出す棺「私は、俳句形式としての有季定型切字の可能性を深く信じている。自らの心の動きを表現するにあたって、生涯をかけて追究していくべきことだと思っている。俳人は十七音の世界の中でどこまでも自由なのだから」(本書より)