ハイクノミカタ

曳けとこそ綱一本の迎鐘 井上弘美【季語=迎鐘(秋)】


曳けとこそ綱一本の迎鐘  

井上弘美 


季語は「迎鐘」。精霊会に際して、死者の霊を冥土から迎えるためにつき鳴らす鐘である。8月7日から10日まで(陰暦では7月9日、10日にやっていた)、六道参りに六道珍皇寺でつく鐘が特に有名なため、俳句では「六道参(ろくどうまいり)」の副季語とされている。「お精霊(しょらい)さん」を迎えるために引くのは「綱一本」。あたかも御先祖のほうが「早く曳け」と言っているように感じられるところが面白味だ。技巧としては「曳けとこそ」という言い差しの表現が、かえって感情的な強度を増している。これが「曳けといふ」では、少し野暮ったくなってしまう。やはり、「こそ」がいいのだ。ちなみに、600年以上の歴史ある行事だが、今年は新型コロナウイルスのためにオンラインで開催中。なお、作者には『季語になった京都千年の歳事』(2017)の著書もあり、美しい写真を配した京の文化ガイドとしても必携である。(堀切克洋)



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